ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(9) |
◆ そしてフィナーレ ◆ |
ラジカセの音楽に合わせて、ハナナガムチヘビのぬいぐるみとお姉が踊っている。バリバリのロックなのに、振りつけがなぜかフラダンスだ。
どんなヘビかと楽しみにしていたのに、取り出されたぬいぐるみは鼻が長くて変な顔だった。リアリティ志向のお姉のことだから本当にああいう顔なんだろうけれど、毒蛇の凄味なんかこれっぽっちもない。大八車の上では、ピンクが超音波のように歌っている。あれが魔法の人形でなかったら、お客さんは一発で逃げるだろう。おもしろ人形大賞は、無事にあのコの手に落ちた。芸術大賞はカミーユのビスクドールだ。ミもフタもない高慢ちきな態度がいかにもアンティークだとウケてしまったのだから、世の中ってわからない。 大騒ぎで露店中を探し回り、うわさの血まみれ指クッキーも買ってきたし、魔法一家の娘らしいお土産だから、パパもママも喜ぶだろう。セリナにはすっかり世話になってしまった。 「ごめんね、内輪の争いに巻きこんじゃったりして。せっかくの服も水びたしになっちゃって……」 魔女っ子たちは、お祭りで大人の正装をするのをほんとうに楽しみにしているらしい。人形使いに正装はないけれど、その気持ちを考えると胸が痛い。 「なに言ってんのよ。こんな愉快なハロウィン、初めてだったわよ」 セリナが笑うと、セリナのママが 「なに言ってるの! 親がどんなに心配したと思っているの?」 と涙目になった。うちのママにそっくりな怒り方だ。わたしはお姉と二人で頭をさげた。 「ほんとうにごめんなさい!」 「あなたたちが悪いと言ってるんじゃないのよ。悪い人がいるから気をつけなさいと言っているのよ。あなたたちだって、心配してくれるお母さんがいるんでしょう?」 それを言われると、なぜだかじわっときてしまった。思わず鼻をすすりあげるとセリナのママがティッシュの箱を差し出した。 「わかったらいいの。また来年きなさいね」 また来年。その言葉を聞くと、カッとなにかが弾けるようだ。 「また来年セリナに会える?」 「来年とか言わないで、今日うちで晩ごはんしてきなよ」 わたしはウーンと頭をかいた。 「ごめんね。お祭りが終わっても、興行のあと処理が残っているの。今年は特別な記念行事があったし、あとかたづけを手伝ったり打ちあげに参加したりも修行のうちなのよ。同業者に仁義をきっておかないと、わたしも来年は一人前だしね」 セリナはふうんとため息をついて、わたしたちの顔を見くらべた。 「人形使いって大人なのねえ。あたしもがんばらなくちゃ。もっと魔法を勉強して、そのうちパッとあんたたちの前へ現れるんだから」 「そうなったら遊びに来てね」 わたしは言った。 「うちの家族ってすごい変わり者だから、セリナが見たらぶっ飛ぶわ」 「そりゃ楽しみ」 へんてこりんなパパもへんてこりんなママも、あたまの悪いぬいぐるみたちも、ぜんぶ紹介してあげる。 あいさつをかわしながら、わたしとセリナはつないだ手をブラブラさせた。握手と言うよりは、幼稚園のお友達みたいだ。 舞台にアクシデントはつきものだ。わめき散らしながらやんちゃなぬいぐるみたちの面倒をみてやったりするうちに、あっという間に時間は飛び去っていった。残った楽しみは興行のフィナーレ、ハロウィンパレードだ。 「ミキちゃんもマキちゃんも一緒に」 手を引かれて仲間に加わると、アコーディオンの伴奏が流れてきた。オタッキー君が姉クマの肩にぶら下がってリズムをとっている。 「同じ人形を愛するものとして、ぬいぐるみを生まれ育ちで差別してもいいの?」 お姉が切々と訴えると、非を認めてすぐにぬいぐるみと仲直りしたのだ。(鼻と口をふさがれてたせいかも知れないけれど) 陽の落ちた薄闇の中で、かぼちゃ提灯がつぎつぎと目覚めていた。ピノキオ人形の合図で、参加一座がローマ字の歌詞カードをいっせいに広げる。一拍の間をおいて、全ての人形と人形使いが歌い出した。 夢を持つのはいいことだ 今日はみんなと別れても たとえ別れが痛くとも またまた出会うその日まで 夢を忘れずに、ごきげんよう ピノキオ軍団の座長が、紙皿にお好み焼きをかかげながら歩いていた。あの食べ物がよほど気に入ったらしい。カツオ節をわしづかみにしてトッピングしたかと思うと、ポケットからピザソースを出して振りかけた。カツオ節の下には、茶色のソースも青ノリもマヨネーズもついている。どんな味なんだか、想像するのもコワイ。調子に乗ったオタッキー君は、勝手に歌詞を変えていた。 夢を持つのはいいことだ 今日は頭がイカレても たとえイカレて困っても またまた出会うその日まで オタクでいよう、ごきげんよう お姉が手をたたいて爆笑した。ドッペルさんの通訳で、ピノキオ軍団からカミーユのはてまでウケている。しばらく笑いあったのち、みんなはてんでにお国言葉で合唱しはじめた。 人形たちが子供にお菓子を配りはじめると、見物人の幅がせばまった。 「かわいいね、かわいいね!」 右から左から声がかかった。歳も性別も関係ない。だれもがせめてひと撫でと手を伸ばす。触りそこねた指がしきりと背中にあたった。あんまりちくちくするので振り向くと、ヒグマのような男の人が嬉しそうに笑っていた。人形にタッチしそこねたのではなく、最初からわたしをつついていたのだ。ヒゲをびっちりたくわえて、思わず引くほど濃い顔なのに、どことなくぬいぐるみを思わせるのが不思議だ。 「ねえねえ、あんたも人形使いかい?」 わたしはあわててうなずいた。 「すごいねえ、また来なよ!」 ヒグマのおじさんは手を振りながら人に飲まれていった。 仮装行列の波のなか、胸をそらして魔女っ子たちがゆく。せいいっぱいに大人ぶって、帽子のかぶりかたまで違うようだ。十月最後の闇のなかに、かぼちゃ提灯がとりどりに浮かんでいた。ヒモでつるしただけなのに、人形使いの人形のようだ。 そこに命があるようだ。 熱気と歓声に包まれた秋風をいっぱいに吸って、わたしは歩いた。 来年のハロウィンには、自分だけの命を受けにこの町へ来る。ほんのひと撫での暖かさを街道に分けるために。 ◆ おわり ◆
壁紙:Verdant placeさん
2003.10.28
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