ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(8) |
◆ 恐怖の人形館(にんぎょうやかた) ◆ |
門のまえにたどり着くと、わたしたちはつばを飲みこんだ。
「大きい……」 セリナが低い声で、 「いったいどこの旧家なのよ」 とつぶやく。頑丈そうな鉄柵が、空へ向かって黒々とのびている。どうやらセキュリティシステムがついているようだ。セリナの箒で飛び越えてもらおうかと思ったのだが、赤外線に引っかかって警報が鳴りそうな気配だった。 柵の向こうにあるのは明治時代の建造物だろうか。ネオゴシックのレンガ造りに年季の入った蔦《つた》がはっている。雑木林の葉かげからは、瀟洒《しょうしゃ》な離れが三つも見えた。門から建物までがばかに遠いし、建物の入り口に取りつけられた階段は、用もないのに広くて高い。 「玄関のくせにえらそうに」 お姉がつぶやいて、ぬいぐるみたちに命じた。 「よい子はカギを開けましょう!」 ゴーストは次々と鉄格子のなかに滑りこみ、必死になってかんぬきを押した。小さくたたんで持ち運ぶため、考えられるうちでいちばん柔らかいスポンジをつめた人形だ。十や二十集まったところで、鉄のかんぬきなどそうそう動かせるものではない。あんまり重労働なものだから、泣き出したり座りこんだりするコもいる。 ここへ来るまでのあいだに、ぬいぐるみ探偵団の三分の一が脱落していた。緑地帯の公園で、親子づれが遊んだり犬の散歩をさせたりしていたから、任務を忘れて道草に走ったのだろう。帰りに拾って行かなくちゃ。 「がんばって、いい子だから」 わたしたちは声を落としてぬいぐるみを励ました。お姉ちゃんのクマちゃんも手をバタバタさせて 「気合いと思いこみ! 気合いと思いこみ!」 と言っている。気がつくとセリナまでもが、 「一人でできないことでも、みんなでやるとできるのよぉ、すごいねぇ」 などと、幼稚園の先生していた。 こぶしを握りしめて応援すること七分。やればできるじゃないの、ぬいぐるみ探偵団。鉄のかんぬきは鈍い音をたててぬけ落ちた。 「えらいねぇ、えらいねぇ!」 小声でほめちぎってから見回す。ゴースト人形はくたびれきっているようだ。コンビニ袋の口を大きく開けてやると、喜んで飛びこんできた。 「お姉ちゃん、あと何人くらい残ってる?」 「頭数はぜんぶで百ちょっとだけれども、ぬいぐるみに肉体労働は向かないわ。元気なのは三十人くらいかしら」 袋をのぞきこんでそんなことを言っていると、不意にセリナが尋ねてきた。 「あんたたちって、ぬいぐるみのこと一人二人って勘定するの?」 しまった、ついいつものクセが。お姉はさらりと答えた。 「そうよぉ。人形の人だもん」 セリナは妙に感心したふうでひとりごちた。 「なるほどねえ。そうでなきゃあ人形使いはつとまらないんでしょうね」 「さきを急ぎましょう。どこかすきまでも見つけて、残ったゴーストをあの家に忍びこませるのね」 わたしたちはどこかに換気口でもないかと、ビクビクしながら探し回った。これは不法侵入だ。オタッキー君のやったおびき出しは完全に合法で、いざというときには 「無実の人間に泥棒のぬれぎぬを着せた」 と騒ぐことができるだろう。はっきり言ってキビシイわ。こんなこと早く終わればいい。レースのカーテンのかかったお部屋がなんとか覗けないかと、目をこらしてみる。向こう側にチラチラ動く物があって、人の気配がするのよね。レースの隙間からなにか見えないかなあ。夢中になっておでこをくっけたそのとたん――。 バンと大きな音がしてガラスが消えたかと思うと、突然オタッキー君の顔が出現した。 「いらっしゃあい」 わたしは人類の声とも思えないような悲鳴をあげて尻もちをついた。相手との距離が、キスシーンくらいまで縮まっていたからだ。今晩うなされそう。 「おやぁ、人形使いのコですねぇ。勝手に入ったりして、ダメじゃないですか」 芝生のうえをばさばさ走る音がして、お姉とセリナがやって来た。 「ミキちゃんっ、どうしたの!?」 「だいじょうぶ?」 わたしはひっくり返ったまま二人を見あげて、 「オタッキー君が出たの」 と、情けない声をあげた。 「キミたちって失礼な人種だなあ。人の名前くらいちゃんと呼んでくださいよぉ」 「そう言うあなただって、きのうはドッペルさんの名前まちがってたじゃないのぉ。ドッペルゲンガーだとか失礼なこと言ってたの、ちゃんと聞いてたんだからあ」 強いぞお姉。 「なんでボクの口まねするんですかあ」 「お姉ちゃんはもともとこういうしゃべりかたなのよ。それよりドッペルさんを返して。あの人はビスクドールを作ることなんかできないわ。ぬいぐるみ職人なんだから。もうわかってるんでしょう?」 オタッキー君はわざとらしく笑って、 「あれれれれェ?」 と言った。 「そんなことないと思うけどなあ。ボクが自分で描いたビスクドールの絵を見せたら、引き受けてくれましたよお。快くね、なーんてな!」 セリナが顔色を変えた。 「ちょっとあんた、職人さんになにをしたのよ」 魔女の正装をしたセリナを見ると、オタッキー君はさすがに身の危険を感じたようだ。 「なんにも悪いことしてません。仕事を頼んだだけですよぉ」 「だったら中に入れてもらおうじゃないの。監禁とかしていないんでしょう? あたしの友達がすごく大事な用があるって。会わせられるわよね」 「それが人にものを頼む態度なんですかね」 セリナが箒《ほうき》の先をピシッとはじいて、口の中で低くなにかを唱えはじめた。オタッキー君はさすがにあわてた。 「わかりましたよぉ。だけとみなさん、こんなとこからじゃなく正面から入って下さいね」 わたしたちは無言で玄関にまわった。ちなみにさっきセリナがとなえていたのは、般若心経だったりする。 玄関ホールに入ったとたん、わたしたちは棒立ちになった。 「この造りはなに!?」 西洋館には違いないんだけれど、落ち着いたレンが造りの外観からは想像も出来ないような色彩だった。床は黒と薄い黄色のタイルが敷きつめられて、ぐにゃりと曲がった市松模様になっている。真っ白な壁にも額縁のようなものがはめこまれ、やはり市松になっていた。ホールの中央をぶちぬくように螺旋《らせん》階段が天井までうねる。ゆがんだ床の模様とあいまって、見ているだけでも血圧が下がってきそう。 「いやあ、あっはっは」 オタッキー君が高笑いをして、螺旋階段の手すりからひょっと顔を覗かせた。悪役登場シーンとしては計算されつくしている。まさかこのために改装したんじゃないでしょうね。 「みなさん、ボクの人形館にようこそ」 「ウーン……」 ギャグなのかなあ、この人。そこのところがどうもよくわからないのよね。とりあえず警戒しておこう。 「中に入れろって言うから一応入れてみたんですけど、どうですかあ」 「どうですかじゃないわよ。こっちの用事はわかってるんでしょう?」 「あの人に会いたいんでしたよねえ。でも、会ってもらえませんよ。なんでかって言うと、人形作りをはじめたからです。さすがに一流だけあって、制作にとりかかったら誰とも会いたくないそうですよ」 お姉の眉がピクピク動いた。ドッペルさんには確かにそういうクセがある。けれど人形使いにとって十七才のハロウィンがなにを意味するか、まさか忘れたりはしないだろう。大事なぬいぐるみを預かっている以上は、そうも言っていられないはずだ。ひょっとすると監禁されているのかも知れない。お姉は食いさがった。 「わたしにだけは会ってくれるわよぉ。会わせてちょうだい。今日までに注文の品を手渡してくれるって、約束したんだもの。一流職人は人形使いとの約束をやぶったりしないんだから」 「今日という日は午後十二時まであるでしょう? 今じゃなくてもいいんじゃないかなぁ」 セリナが仁王立ちになってオタッキー君を睨みつけた。その後ろで、お姉ちゃんのクマちゃんが場違いに飛び跳ねている。バカのひとつ覚えみたいに 「気合いと思いこみ!」 と繰り返すので、イライラした。オタッキー君が階段のうえから呼びかけた。 「そのあたまの悪そうなぬいぐるみは、なんですかぁ」 「ぼく、空飛ぶクマになるから待っててね!」 「まったまたあ、フカシこいちゃあダメですよぉ」 お姉ちゃんのクマちゃんは傷ついたようだ。羽があるのに両手をバタバタさせて三十センチほどジャンプしたあと、ポテッと落ちた。 「とにかく行くわよっ!」 お姉が叫んで階段を駆けあがった。 ぬいぐるみ入りの袋を抱えて、ぐるぐる登る。建築には詳しくないわたしでも、ここはよほど無茶な改築をしたんだなあとわかった。デパートでもないのに踊り場にトイレがあるし、上の方に見える扉は洗濯場とシャワールームに通じるらしい。バスタオルをまきつけて出てきたら階段を歩いてる人に見られるだなんて、失礼設計以外のなにものでもないわよ。 左の壁には、はめこみ型のショーウインドウが市松に並び、高価そうなビスクドールコレクションが陳列されていた。ところどころ、ショーウインドウのかわりに仰々しい額縁がかかっている。オタッキー君の描いた理想の人形像だろう。シロウトとしてはうまいのかも知れないが、どうにも妙な妄想がこもっていた。わたしがビスクドール使いだとしても、こんな人形に命を吹きこむのはかんべんだ。ものすごくへんてこりんな性格になっちゃいそう。 人形館は、とどのつまりはギャラリーだった。いちど招かれたら、ビスクドールや人形の絵をながめながら歩かざるをえない。踊り場にトイレがあれば用を足すたび見ることになるし、風呂をすすめられた泊まり客は、やはり見ることになる。螺旋階段から放射線状にのびる廊下を見れば、どこへ移動するにもここを通らなければならないんだと見当がついた。 「この独りよがりなセンスの悪さ、まさに恐怖の人形館ね!」 セリナは重そうな箒をしっかり握ったまま、遅れもせずについてきていた。よく見ると腕の筋肉が立派だわ。細いわりにマッチョな魔女、っていうか、あの箒って今は邪魔なんじゃないだろうか。 オタッキー君はなにを考えているのか、三階の手すりのうえから 「ここまでおいで、鬼さんこちら」 などと歌っていた。 「不気味すぎるわ、気をつけてよ」 わたしが注意すると、みんながうなずいた。最後の五、六段を残して呼吸を整え、じりじりと近づく。 と、オタッキー君はいきなり水色のゴムホースを出してかまえた。背後に見えるのは失礼設計のシャワールーム。しまった、そうきたかっ。 「不法侵入者におしおきよん」 アホなセリフを聞く間もない。銀のしぶきが飛び散って、水圧がセリナの顔面を直撃した。 「危ないっ!」 セリナはよろけて壁に背中をぶつけたあと、水ですべって尻もちをついた。わたしとお姉も水をかぶり、コンビニ袋はふっ飛んで、ゴースト人形が悲鳴をあげながら降りそそいでいる。 「なんてことするのよ、落ちたらどうするの!?」 「ボクわかっちゃったもんねえ。そこの女の子は空なんか飛べないんだ。だって、階段の吹き抜けを飛んでくればすぐにたどりつくのに、やらないんだもん。こけら落としもほどほどにしなよ。ねっ?」 「それを言うならこけおどしよ!」 セリナは怒声とともに箒をかまえなおし、オタッキー君に向かって突進した。 「突きイッ!」 箒のさきっちょでどつかれて、オタッキー君がひっくり返る。一本! ……ってセリナ。 「まさか箒はこのために……」 「だって、出店に竹刀《しない》なんて持ってこなかったんだもん。これでもあたし、剣道四段なのよ」 お姉が大きくうなずいて、 「都会の魔女は違うわぁ」 と感心した。オタッキー君は起きあがると、顔を真っ赤にしてゴムホースを振り回した。 「邪魔するなぁ、こんちきしょう!」 スポンジに薄い布をかぶせただけのゴースト人形たちは、あっと言うまにびしょびしょになった。お姉ちゃんのクマちゃんは悲鳴をあげて逃げ回っている。 「ちょっと、うちのコたちになにするの!?」 いくら念入りに汚れ防止の魔法をかけたとしても、水に対する防御力には限界がある。呪文をとなえれば乾くことは乾くけれども、シンまで水がしみると型くずれはするし耐性は弱まるし、人形使いといえども元気でかわいいコに戻してあげるのは大変なんだから! 「あんたそれでも人形が好きだって言えるわけっ」 セリナがぶっ叩こうとすると、オタッキー君は階段を駆けおりてお姉ちゃんのクマちゃんをホースで追いかけ回した。 「人のうちに来て乱暴すると、クマ質《じち》とっちゃうもんね」 「やめてやめて!」 お姉とわたしはキャーキャー言った。クマのぬいぐるみは、どんどん足どりが重くなっている。あれだけ水を吸収したんだからムリもない。必死に助けを呼ぶ声が、しだいに力を失ってゆく。 「マキちゃん助けて。助けて……」 助けようと近づくと、水に顔を叩かれた。 お姉ちゃんのクマちゃんはシャワールームに追いつめられて、風呂の残り湯にどぼんとつっこんだ。もろに頭からだった。ずっしり水を吸ってしまって起きあがることもできず、ブクブクもがいている。お姉がヒステリーを起こした。 「やめてえっ、クマちゃんが溺れちゃう!」 おかしな抑揚をつけて、オタッキー君は復唱した。 「やめてえぇん、クマちゃんが溺れちゃうぅー」 セリナは真っ青になって立ちすくんでいる。ぬいぐるみが本当に苦しんでいることをわかったのだろう。 わたしは唇をかんで睨みつけた。 「いい加減にしなさいよ、オタッキー! ここまでやるなら、タダじゃすませないから!」 「へえん、どうするってわけなのぉ?」 「こうするのよ!」 わたしは浴槽のなかからお姉ちゃんのクマちゃんを引きあげはじめた。面倒になってきたので、以後“姉クマ”と省略する。 「お姉、セリナっ、手伝って!」 セリナは目を丸くしたが、ぬいぐるみが溺れて苦しんでいるのだ。救出を拒む理由はない。水を吸ってなかなか動かない姉クマをうんうん言いながら引っ張っていると、オタッキー君は笑って捨てぜりふをした。 「おまえらバーカ! さようならっ」 「ミキちゃん、オタッキー君が逃げちゃうよ!」 お姉が半泣きになった。オタッキー君は鈍足のくせに、余裕をかまして階段を駆けおりていく。わたしたちが悔しがるのを見ようとして、天井を向いて走っていた。 「いいからわたしの言うとおりにして! もうちょっとで出てくるんだから!」 じたばたしていた姉クマが湯船のへりに手をかけて半身を起こしたのは、そのときだった。 わたしは叫んだ。 「お姉ちゃんのクマちゃんっ! あんたさんざんやられて悔しくないの!?」 姉クマは怒りながら泣いている。 「悔しいよ〜う」 「だったらあいつをやっちゃいなさい! ちょうどいいあんばいに逃げ出したんだから!」 渾身の力をふりしぼって、わたしはバカ力を出した。水びたしになりながら特大ぬいぐるみを階段の手すりにずりあげる。気がつくとお姉とセリナも横に並んで、姉クマのお尻を押していた。 「お姉ちゃんのクマちゃんっ、準備はいいっ?」 姉クマは腕をバタバタさせた。よく考えりゃ、羽ばたきである必要はないのよ。わたしのフクロウには羽がない。体勢が整うと、わたしは姉クマの背中を目標めがけてどついてやった。 「行けえっ!!」 天使の羽をつけたぬいぐるみは、手すりを蹴って思いこみと気合いで飛んだ! ――いや、落ちた。 「ひいいぃぃっ!」 ぞうきんが引き裂かれるような悲鳴ののち、べしょっと鈍い音がしてオタッキー君はぬいぐるみの下敷きになっていた。頭のてっぺんまでたっぷり水を吸った、特大ぬいぐるみ。重さがハンパじゃないはずだ。いちばん嫌いなことをされた腹いせで、姉クマは相手の首っ玉にかじりついている。気がつくとさっき水をぶっかけられたゴースト人形たちが、次々と風呂に飛び込んではダイビングをかましていた。館に連れてきたその数、百と少し。彼らは吸収力抜群のスポンジでできている。黙って見ていると、仕返しと言うより新しい遊びだと思っているらしい。ぬいぐるみって、あたま悪いからなあ。 姉クマの下でうめき声があがった。 「死んじゃうぅ……」 「ほらほら、みんなぁ。水を吸った体で鼻と口をふさいじゃダメじゃないのぉ」 言いながらも、お姉は洗濯機のゴムホースをのばしてぬいぐるみに水をかけ足している。心配になって覗きこもうとすると、ホースをかまえたままの格好でくるりとこちらを向いた。 「ミキちゃん、ドッペルさんをお願いね」 世紀のぬいぐるみ職人、アントン・ドッペルバウアーさんは、オタッキー君ちの一室から無事に見つかった。すぐそばにアンティークドールを描いたペン画をおいて、模造紙に型紙をぬいている。驚いて立ちつくしているわたしに気づくと、大まじめに言った。 「おやミキちゃん、大滝さん(忘れたかも知れないけれど、オタッキー君の本名よ)に預けたマキちゃんのぬいぐるみを取りにきたの? いまこのコを作っているんだけれど、アンティークドールのぬいぐるみを作るのは難しいねえ。布で陶器の質感を出すだなんて、この歳まで考えたこともなかったよ」 切り散らかった紙のあいだから、フクロウのぬいぐるみがきょんと顔を出して見つめていた。 ドッペルさんの特別のはからいによって、オタッキー君はおかまいなしとなった。 「絵に魂をこめて具現化させる“絵画使い”の一族が、まだこの世に生き残っている」 と聞かせたとたん、二度と人形職人をだまさないと誓ったからだ。ドッペルさんは大きくうなずいた。 「悔い改めればそれでいいのです」 改めてないってば。次に狙われるのは絵画使いのおばさんだ。 しかしまあ、絵画使いはわたしたちと違って究極の呪術師みたいな人ばかりだし、へたな真似をすれば今度こそ悔い改めることになるだろう。芸術系の魔法業界ほどコワイものはない。 たとえばどっかの質流れ品で、夜な夜な涙を流す肖像画なんかが出たとする。描かれている人物はオタッキー君そっくりだ。お世辞にも絵のモデルにふさわしい容姿じゃないから、きっと好事家《こうずか》の土蔵かなにかにしまいこまれるのよ。 「そうなったらどうするの?」 思いきり意地悪く尋ねると、ようやく反省したらしい。その場にひざまづき、両手を組んで叫んだ。 「それなら僕、絵画使いの弟子にしてもらいます!」 「いい加減にしなさいっ!」 思わずお姉とハモってしまった。 「ホンニャラホンダーラ!」 横で見ていたカミーユが、イライラしたように通訳を求めてきた。彼はドッペルさんの説明を真剣な顔つきで聞いていたが、話が終わるとぶち切れた。 「ヘニャーニャふにゃららっ!! ほげげげげっ(ごめんフランス語)」 どうやら 「君はまちがっている!」 とかなんとかわめいたらしい。ドッペルさんを間にはさんでさんざん説教をたれたあげく、いつの間にかオタッキー君と意気投合してしまった。 そしてその結果――。 オタッキー君は晴れてカミーユの弟子になった。ビスクドール作成のノウハウを教えてもらうそうだ。通信教育ってところがものすごく不安なのだけれど、せっかくまとまりかけた話を壊さないのが日本人のたしなみってものよ。カミーユお得意の意地悪じゃないかとは思いつつ、子供のように喜ぶ顔を見ると 「オタッキー君はフランス語が読めるの?」 なんて、とても聞けなかった。 もめ事が起こったら、カミーユの拉致監禁はOKってことにしておこう。
壁紙:Verdant placeさん
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