ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(5)
Home / Novel Essay
     5    

◆ 普通の魔女がまぶしく見える ◆


 移動舞台を所定の位置に運び、キャンピングカーで人形たちを送り出すと、ホールは急にしんとなった。ピノキオ軍団や幻想浄瑠璃などの本格派が出ているあいだは、シロウトのお手伝いはかえって邪魔だ。三時半からはじまるふれあいコーナー・人形コンテストまでは遊んでていいよというので、わたしとお姉はハロウィン街へ繰り出した。
 お客としてこの祭りを楽しむのは初めてだ。いつもはよだれをつけられたぬいぐるみをふいてやったり、人形と別れたくないと泣き出す子をなだめたり、子供に拉致《らち》させた人形を捜索したりで終わってしまう。
 お姉の横では、にわか作りの天使の羽を背中に結びつけた“お姉ちゃんのクマちゃん”が手をバタバタさせながら、
「思いこみと気合いで飛ぶんだねぇ、飛ぶんだねぇ!」
 と繰り返していた。いかにもぬいぐるみらしいパフォーマンスというか、間違っても飛びそうにないなあ。これがカミーユの人形だったら、まずは羽の美しさや工芸技術にケチをつけ、さんざん作り直しをさせたうえで、新しいドレスを仕立ててから羽を動かす練習をはじめるだろう。
 子供の姿はちらほら見られるが、いまは幼稚園か保育所の時間なのであまり多くはない。よちよち歩きの子がお母さんに手を引かれながらクマのあとを着いてきて、ときどき撫でたりしている。お姉はちらちらあたりを見回して、がっかりしたように声をあげた。
「なんだかこのクマちゃん、あんまり人気がないみたい。もっと子供がキャーキャー言ってくれるかと思ったのに」
「長老だからじゃないのかなあ」
 長老グマは人形使いの最初の“おともだち”だ。「自分の友達なら自分だけを見ていて欲しい」という幼児時代のエゴを、最後まで映し続ける。無愛想なわけではないけれど、他人に対しては特別なご機嫌とりをしないのだ。それを言うと、お姉はしゅんとしてしまった。
 通りの右側では、黒い衣装の魔女たちが占いやハーブの店をしつらえてお客を待っている。ママと違って、真っ赤なルージュを口裂け女のようにひいたり、銀紫のアイシャドーをぬりたくったりはしていないようだ。時間的にお客がまばらなせいか、となりの奥様どうしみたいな感じの魔女が、世間話をしている。
「あすこの真空パックって、看板にいつわりありだわよねえ」
「プラスチックゴミだって書いてあるけど、ポリでしょう、あれ。呪文となえたらすぐわかるわよ」
「業者だってなにがなんだかわからなくなっているのよ。ゴミの分別には魔女も苦労するわ」
 二人は大きく口をあけて笑った。普通の魔女って、こんなに健全なものだったのかあ。
 すぐそばでは、ちょっとだけ背中のあいたワンピースに折れ曲がった帽子の女の子が、おまじないグッズを売っていた。わたしは思わずつぶやいた。
「かっこいい……」
 ちょっとつり目のそばかす顔で、いかにも魔女って感じがする。茶色の髪が肩のさきっちょで跳ねた。細い背中のしたにパッと広がったスカートがバッスル・ドレスみたいでクラシカル! 箒《ほうき》に乗ったらすぐにも飛んでいきそうだ。
 じっと見ていると視線を感じたのだろう、魔女っ子はふり向いて
「ひとつどうですかあ」
 と声をかけてきた。
「恋のお守りなの。けっこう効くよ。好きな人とか、いる?」
 わたしは赤くなって
「まだいないけど……」
 と答えた。
「なら、恋が訪れるお守りよねぇ。これ、うちの特性なの。ローズクォーツに秘密の呪法をほどこしてあるのよん」
 気がつくとわたしは、ガラにもなく
「やあん、どうしよう」
 などと口走っていた。同い年くらいの魔女と親しくするのなんか、初めてだったのだ。人形使いはもともと数が少ないうえに世界中に散らばっているので、似た年齢《とし》の女の子なんかめったに会えない。会えたとしても外国人で言葉が通じないことが多いし、変わり者が多くてコミュニケーションが難しい。同族よりも人形の方がよっぽどつき合いやすいなんて言ったら、
「ほらやっぱり人形使いは」
 とかバカにされそうで、とても悲しかった。魔女は人形使いじゃないけれど魔法業者のうちだし、みょうてけりんな個性派でさえなければ、お友達になりたいと思っていたのよ。
 そんな会話のあいだにも、お姉はぽよよんとぬいぐるみのようにつっ立っていた。年ごろの女の子がこういう会話してたら、ふつうはちょっとくらい合わせるものだと思うんだけれど……。気にしてチラリと振り向くと、魔女は声をあげた。
「ねえちょっと! そのクマちゃん!」
 お姉ちゃんのクマちゃんは、首をかしげて
「ぼく?」
 と尋ね返す。
「いままで気がつかなかったけれども、着ぐるみじゃないんじゃないの? ちょっと触らせてっ!」
 魔女はすっかり興奮して店から出てきた。特大ぬいぐるみをさんざん撫でたりさすったりして、中に詰め物しか入っていないことを確認すると、
「すごいわねえ……」
 とため息をついた。
「そうかお姉ちゃん、わかったよ! このコが思ったよりウケなかったの、大きすぎて着ぐるみだと思われてたせいだわ」
「じゃあ、ふれあいコーナーになったら一番人気だと思う?」
「そうかも!」
 盛りあがっていると、魔女は親しげに笑った。
「黒の正装してないから気がつかなかったけど、あんたたちも魔女だったのね。それにしても、どうやってこんなにうまく動かすの? 物に命を吹き込むのは高等技術でしょう? それになんていうのか、こんな“キャラクター”を感じさせる動きをするのは初めて見たわよ」
 わたしは首をすくめて、
「魔女じゃなくて、人形使いなのよ」
 と答えた。
「へえー、これが噂に聞く人形使いのわざなのかあ」
 お姉ちゃんのクマちゃんは、愛嬌を見せた。
「ぼく、そのうち空飛ぶクマになるから待っててね」
「飛ばせられるの、それ?」
 お姉はうなった。
「うーん、本人に思いこみと気合いがあればねえ。十センチくらいは飛ぶかもしれない。鳥のぬいぐるみって、羽をつけなくても飛んだりするから」
「ほんとう? 見せてよ!」
 わたしはかあっと熱くなって、気がつくとバッグに手を伸ばしていた。勝手についてきた、あのフクロウのぬいぐるみだ。
「いいわよ」
「ダメっ、ミキちゃん!」
 お姉の制止はふりきった。
「ほら、このコ」
 フクロウはくりっと見つめて、バッグから飛び立った。魔女は手をたたいて喜んだ。
「かわいい!」
 お姉が背中をどついて囁く。
「ダメって言ってるのに」
 お姉にはわかんないよ、この気持ち。人形使うのになんの迷いもないんだもんね。
 親たちの趣味で森の中に住み、学校の友達もロクに遊びにこない。魔法使いの家にそんなものは必要ないよだなんて、うちの中にはテレビも電話もないわ。人形使いの家なんてそんなものだ。魔女の家なんてそんなものだ。ずっとそう言い聞かされてきたのに、ふたを開けてみたら世の魔法使いはもっと普通に、気楽に生きていた。お姉はぬいぐるみ以外の話し相手がいなくて平気なの? バカにされても平気なの? カミーユが意地悪するのは、ぬいぐるみ使いは一枚落ちだからだって、知っているの? 同じ人形使いからさえ、下に見られてる。
 それとも人形使いは、人形さえいれば満足であるのが正しい姿なの……。
 魔女はよたよた飛んでいるフクロウをつかまえると、胸に抱いて撫でた。
「かわいいわねえ。あんた名前は?」
「フクロウちゃんっていうの」
「なあに、そのストレートすぎる名前」
「だってフクロウだもん」
 魔女っ子は大笑いした。
「いいもの見せてもらったわよ。あんたたち名前は? あたしセリナ」
「わたしはミキ。こっちがお姉ちゃんで、マキっていうの」
 お姉はまだ怒っていた。
「ミキは十七になってないんだから、勝手に人形使いのわざを見せちゃダメじゃないの。どうしてあと一年が待てないのよ!」
「まあまあ、お姉さん」
 セリナが割ってはいった。
「あんたちょっとくらいお酒をなめたことないの? タバコ吸ってみたこともないの? いいじゃない少しくらい」
 お姉の耳に、真っ赤な血の色がのぼった。
「人前で不用意に人形を使うとどうなるか、あなたは知らないからそんなこと言うのよ」
「そりゃわかるわよ、あたしだって魔女だもの。魔法は人前でホイホイ見せびらかすもんではないよね」
「わかってないわ。ときには危険にさらされるのよ!」
 不意に叫んだお姉の目に涙がにじんだ。
「あなたたちみたいに、自分の身を守る便利な魔法なんか持っていないんだもの! ぬいぐるみしか使えないんだもの! いざっていうとき、身を守ることはできないのよ!」
 セリナは驚いてたじたじとなった。お姉はクマの腕をつかんで、子供のように下を向いている。すぐ後ろから、
「あの女、着ぐるみとお手々つないで泣いてる」
 と話す声が聞こえた。
「うーん。なんだかよくわからないけど、わかったわよ。このフクロウは返すわね」
 セリナがフクロウを差し出した。受け取ってバッグにしまったあと、わたしはうつむいて
「ごめんね」
 と言った。
「気にしないで。だれにもいろんな事情があるわよ。あたしもちっとばかり無神経だったかも知れないわ」
 

壁紙:Verdant placeさん