ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(4)
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◆ ぬいぐるみ使いはナニになる? ◆


 誰もがショー人形の使い手になれるわけではない。人間の世界と同じで、一握りのスター人形とたくさんの名もない人形・人形使い、大道具・小道具、その他の皆さんで一座がなる。マリオネットや浄瑠璃人形は、そもそも成り立ちがショー人形だから生まれつき演技力がある。その中でしのぎを削るので、世界に通用する舞台が生まれるわけだ。
 “子供のおともだち”がウリのぬいぐるみに演技をしこむのは、猛獣に火の輪をくぐらせるほど難しい。演目のとちゅうで子供がお菓子を食べはじめると舞台を飛び出しておねだりに走るし、赤ん坊が泣くとセリフを忘れてしまう。プロ根性で舞台にはりついているなんて、めったにできやしないのだ。そんなわけで、ぬいぐるみ使いの役割はお金にならないベビーシッターやチャリティーショーの呼び込み、大売り出しの風船配りに施設の慰問が定番だった。パパは子供に夢を与えるなんて言っているけれど、ドッペル一座の存在は平凡なぬいぐるみ使いには夢のまた夢。裏方のお手伝いができるだけでも良しとしなければならない。
 ドッペルさんがスーツケースを引っぱってきて、お姉にカギを渡した。
「マキちゃん、ミキちゃん、今年も頼みますね」
 お姉は「はあい」と言ってカギを受けとった。スーツケースのふたを開けると、おにぎり大のゴースト人形がボンとはじけて飛び出す。こんなケースによくもと思うくらいふくらんで、小さな山になるほど出てきた。パレードでお菓子を配らせるために連れてきたのだ。いちばん柔らかいスポンジを、薄い布でくるんで作ってあるから、小さなケースでも驚くほどたくさん入る。操るのに特別な技術は必要なくて、数さえあればいい。いちばんの楽しみはこれだった。わたしの扱うコはトラブルが少ないので、今年は特別に十人(人形使いは、人形をそう数えるの)まで任せてくれるって。半人前に許される数少ない晴れ舞台。自分の操る人形が見てもらえるチャンスは、めったにない。
 一人一人のほこりを丁寧に払い、簡単な汚れ防止の呪文をとなえながら床に並べてみる。どのコもくずれた愛嬌顔で、ひとつとして同じ個性がない。お姉は命の呪文を早口にとなえてはダンボールに移している。このとき、最後のひとことを言わないのがミソだ。そうしておけば、省略したひとことを言うだけで、いっきに人形が目覚める。やんちゃがウリのぬいぐるみたちは、子供と同じだ。あまり早くから命を与えてしまうと、言うことを聞かない幼稚園児を百人抱えたのと同じになってしまう。そのうえお姉のぬいぐるみは行方不明が得意技なのだ。操る本人が道草の名人で、「行ったきり帰ってこない鉄砲玉」と呼ばれているんだから、その魂を分けた人形におとなしくしろと言ってもムリなのね。
 ぬいぐるみの形を整えながら、わたしはひざでお姉ににじり寄っていった。
「ねえねえ、いい加減に教えてよ。お姉ちゃんがドッペルさんに頼んだのって、どんな人形なの?」
 お姉は上気したようすで顔を赤らめたが、
「ダメ。見てからのお楽しみ」
 と言った。
「きっとあんなぬいぐるみを持っている人は、ほかのどこを探してもいないわよぉ」
「またわけのわけらない注文言って困らせたんじゃないの? 本物そっくりに作ってとかって」
「だって、一生一度の晴れ舞台なのよぉ?」
「まさか本物そっくりのツチノコとか、実物大イェティ(雪男)なんて言ったんじゃないでしょうね?」
 お姉の好みは、はっきり言ってヘンだ。小さいころは普通にかわいいコが好きだったんだけれども、八才くらいからものすごく個性がはっきりしてきて、妙にカルトなのを欲しがるようになった。「シュイロタイランチョウの実物大ぬいぐるみが欲しい」だとか、「本物そっくりのヴェローシファカがいい」だとか、まともな人が聞いたらそりゃなんじゃと言いたくなるような名前がつぎつぎ飛び出してくる。一度はおかしなおじさんに「ココノオビアルマジロのぬいぐるみをあげる」なんて騙されて、たくさんのぬいぐるみをひき連れたまま、のこのこついて行ってしまった。あのときはもう、大騒ぎだったわよ。犯人がおもちゃ業界でひともうけをたくらむリストラおじさんだったからいいようなものの、変質者だったらどうするの!? っていうので、ママはぶち切れてしまった。
 ……あのときからだったんだよなあ。ママがことあるごとに、
「ぬいぐるみ使いなんかなんの役にも立たない」
 って言いはじめたのは。
 人間の心には色々な部分がある。あのときお姉のなかには、「行きたい」という気持も「行っちゃダメだ」という気持もあったはずだ。たくさんの人形を操れば、使い手の心を反映して「行こうよ」とそそのかすコもいるだろうし、「ママに怒られるよ」と止めに出るのも現れる。けれど人なつこいが身上のぬいぐるみたちは、とうとう最後まで疑いをもたなかった。もしもこれが他の人形だったら、ひとつくらい逃げ出して知らせに来たに違いない。
 あのときのこと、お姉のなかでトラウマになってはいないんだろうか、なんて考えがチラリと横切ったが、当の本人は喜々としていた。
「やだなあ、雪男なんかじゃないよう。昔から日本にいる動物で、こないだ写真で見たらとってもかわいいの! なのにどういうわけか、一度もぬいぐるみになっていないのよ。これはもう、絶対買いよ!」
「かわいい系なの?」
「もちろんよ! ぬいぐるみデビューはそうでないと」
 想像するだけでうきうきするらしく、天井を見てうっとりしている。わたしはお姉に聞いてみたくなった。
「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんはハロウィン・デビューしたら、なにをするの?」
「やっぱり慰問でしょう? ちょっと思いついたんだけれどもねえ、アニマルセラピーっていうのがあるじゃない。でも、アレルギーとかマンションの事情とかで、動物ダメな人いるでしょう? かわりにぬいぐるみを派遣するの。いいアイディアだと思わない?」
「……それってお金にならないよぉ。特に日本はボランティアとしての価値しか認めてくれないし。えらい心理学者が“ぬいぐるみセラピー”って名前つけて宣伝してくんなきゃ、ダメだと思う」
「お金なんてほかで稼げばいいのよ。ほとんどの人がそうしてるし。なんなら専業主婦になれば」
「だからぬいぐるみ使いはお人好しだって言われるんだよぉ。ぬいぐるみの綿が頭につまって、脳みそまでふわふわしてるとか」
 お姉はびっくりしたような顔でのぞきこんだ。
「ミキちゃんどうしたの?」
 わたしはあわてて
「なんでもない」
 と答えた。
「ただね、お姉だって人形使いとしてはもう大人なんだから、少しは考えた方がいいと思って」
「へんなミキちゃん。ぬいぐるみ使いはお金じゃないわよ。買えない夢を売るのが商売なんだから」
 わたしはなにも言えなくなった。同じ家に生まれ同じ教育を受けても、通じないことがある。

 移動舞台を組み立てたり人形の点呼をとったりしているうちに、一日目はあっという間に過ぎた。

  ※ シュイロタイランチョウ……ガラパゴス諸島の鳥
  ※ ヴェローシファカ……マダガスカルの横っ飛びザル
  ※ ココノオビアルマジロ……しまもようが九つあるアルマジロ
    ……こんなもの欲しがってどうするんだろう。

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