ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(6)
Home / Novel Essay
      6   

◆ ドッペルさんの失踪 ◆


 セリナは気持ちのいいコで、お姉はすぐに仲直りした。セリナのママがやってきて、店番は自分がするからとセリナをお祭りの案内に貸してくれりもした。わたしたちははしゃぎまわった。いつも薄暗い魔女の森に住んで、こういう楽しみを全く知らなかったからだ。もちろん、近くの神社祭に繰り出したことくらいはあるけれど、友達が少なかったせいか、なんでみんながあんなに浮かれるのかわからなかった。それを不満に感じたことは一度もなかったのだけれど、今ふりかえれば、たくさんの人間と気が合わない少しの仲間に囲まれた生活というのは、それなりにプレッシャーだったのだ。
「たこ焼きがこんなにおいしいなんて!」
 と叫ぶと、セリナは目を丸くして、
「まさか初めて食べるわけ?」
 と聞いてきた。
「そんなことないけど、これまでこんなにおいしいとは思わなかったわ」
「やだなあ、そんなものハロウィンじゃなくたって食べられるでしょう?」
「セリナにはわかんないわよっ。わたしだって普通の女の子の生活がしてみたい!」
 セリナはケラケラ笑った。
「じゃあすればいいじゃない。お好み焼きもクレープも食べてさ」
 お姉が尋ねた。
「ねえねえ、ハロウィンの食べ物はなにがあるの?」
「逆さ十字せんべいとか、泣き叫ぶしゃれこうべ饅頭とかよ」
 わたしはおびえて叫んだ。
「ええっ、魔女ってやっぱりそういうものなの!? 普通のものは食べないの?」
 セリナは呆れ顔をした。
「あんたたちってほんとに魔女の娘なの? 人間相手の商売に決まってるじゃない。今日はハロウィンなんだから、そういうのがウケるのよ」
 思わず胸をなでおろす。
「なあんだ」
「あっ、でも逆さ十字せんべいはよしたほうがいいわ」
「なんで?」
「せんべい逆さにすると、普通の十字架になっちゃうから」
 ほとんど設計ミスの世界だ。
「ねえねえ、しゃれこうべ饅頭はほんとに叫ぶの?」
「うーん、これがまたなんていうのかねぇ。幼な馴みのコが考えた商品なんだけれども、マンドラゴラの粉末をアンコに混ぜといて、二つに割るとキャーって」
「すごい、うちのママが喜ぶわ」
 なにがおかしいのか、セリナはお腹を抱えて笑った。
「だけどここだけのはなし、まずいのよね。お菓子買うならホラークッキーのセットにすれば?」
「おいしいの?」
「その手の食べ物としては評判いいらしいよ。血まみれ指クッキーとか」
 とたんにお姉が
「買う!」
 と叫んだ。うわあ、魔女の娘のくせにそんなもの珍しがるなんて、ほとんどおのぼりさんだ。
「お店はどこなの?」
「えっ?」
 いきごんで尋ねると、セリナは頭をかいた。
「えっとお……。ゴメン、実はあたしもよく知らないのよ。そこのお店でガイドブックでも買っていかない?」
 言われて振り返ると、絵はがきに混じって『ハロウィン通り魔女の店・パーフェクトブック』という小冊子が売られていた。
「あんたたちの出し物はどこでやってるの?」
「ここ、ここ! あとでのぞきに来てよ」
「クッキーの店は?」
 お姉に聞かれて、セリナは調べはじめた。なにしろものは露店だ。事前に許可をとって営業しているとはいえ、どうも位置関係がわかりにくい。熱心にのぞきこむうち、セリナはお姉と頭をぶつけて帽子を落とした。わたしはあわてて拾いに行った。しゃがんで手を伸ばそうとしたとき、通りの向こうがわをすごいかっこうで走っていく人影が見えた。大股でびょんびょん行くので、背中についたフード帽が飛び跳ねている。
 ――あれ?
 どっかで見た顔だ。だれだっけ……。思わずそちらへ首をのばすと、人影が手にしている物がチラリと見えた。
「あっ!」
 いきなりとんでもない声を出したので、セリナが駆け寄ってきた。お姉は目を丸くして立っている。
「お姉ちゃん、大変っ!」
「どうしたの? ミキちゃん」
「きのうのオタッキー君が……」
「ああ、きのうの?」
「カミーユの人形盗って逃げたっ!」
 真っ赤なドレスの端っこが、確かに見えたのだ。セリナは困惑していた。
「なによ、どうしたの」
「人形オタクの人がビスクドールをさらって行ったの。カミーユの一人前のあかしなのに、追いかけなきゃあ!」
 飛びだして行こうとすると、お姉が腕を引っぱった。
「待って、ミキちゃん! いまドッペルさんが追っかけて走っていった。女の子のミキちゃんが行くことないわ。あんな危ない人に近づいちゃダメよ。それより、一座へ戻ってこのこと知らせた方がいいと思う」
 わたしはえっ? と言った。ドッペルさんの姿は見なかったからだ。
「でもね、二人がどの方向へ行ったかくらい見ておかないと……」
「お姉さんの言うこと聞いといた方がいいよ」
 と、セリナは言った。
「あたしは魔女だけれどね、魔法が使えるからって無茶はしないわ。警察に知らせてあげるから、ミキはお姉さんと一緒に一座にもどりなさいよ」
「わかった」
 言いながらわたしは、こっそりバッグを開けた。悪いとわかってはいたが、ついやってしまったのだ。フクロウのぬいぐるみは二人の視線を避けながら、よたよた空へのぼっていった。
 そ知らぬふりできびすをかえすと、なぜかくらくらする。
 ママは言った。どうして魔女になってくれないの? ぬいぐるみ使いなんかじゃなく、魔女の修行をしてくれれば、悪い奴なんか平気なのに。近づいてきたらカエルにしてやればいいと。
 魔女のセリナでも、わたしたちと同じように行動するの?

 興行の場に走っていくと、ドッペル一座の人たちが困惑したような顔でいっせいに振り向いた。
「カミーユはいるっ!?」
 わたしが叫ぶと、ひとりが裏方のほうに座っているカミーユを指さした。特に変わったようすはない。自分の大事な人形が奪われたというのに、腹立たしいほどのんきだ。
「カミーユ、あんたなにボケらっとしてるのよ!」
 お姉が叫んだ。
「パパからもらった大事な人形が盗まれてるのよ!」
 剣幕に押されたのか、カミーユは両手をあげて万歳のようなかっこうをした。――と、その後ろからひょいと顔をのぞかせたのは――。
「アッ、ビスクドールだ!」
 わたしとお姉は顔を見合わせた。なにがどうなっているの?
 音響さんがしいっ、と言った。
「あと少しで演目が始まるから静かにね。それはそうと二人とも、ドッペルバウアーさんを見かけない? マキちゃんのぬいぐるみをとりに行ったきり戻らなくてね。そろそろ一座の開演なのに、生みの親が見てやらないと」
 ドッペルさんは作る方が専門で、人形使いはやらないわけだから、いないと開演できないわけではない。しかし、いつも必ずいる人がいないというのは、普通のことではなかった。やはりお姉は、あのときドッペルさんを見かけたのだ。わたしは声を低めて
「そ、そのドッペルさんのことなんですけれども」
 と、うわずった。
「きのうほら、急に飛びこんできた人がいましたよね? 人形を作って欲しいとかって」
「ああ、あの」
 わたしはお姉と交代で、さっき見たことを話した。話すうちに頭がすっきりしてきて、なにが起こったのか見当がつきはじめた。
 オタッキー君が持っていたのは、自分の人形だろう。真っ赤なドレスを着せて、遠目にはカミーユの人形と見間違えるようにしつらえていた。ドッペルさんが演目に駆けつけるのを待って、これ見よがしに抱えて走ったのだ。彼があの人形に異常なほどの関心を示したことは、だれでも知っている。ドッペルさんはあわてて追いかけた。現にわたしたちだって、彼が盗んだと思ったんだもの。
 だけどよくよく考えれば、彼が本当に欲しがっていたのはカミーユの人形ではなく、自分の思い描いた理想の人形だったはず。目的はドッペルさんをどこかに連れ出して、人形作りを頼むことじゃないのかな。
 幻想浄瑠璃の人がため息をついた。
「ドッペルバウアーさんに、ビスクドールの制作を頼んでもしかたがないのにねえ」
 わたしは考えた。
「ひょっとしたら、あのときドッペルさんがビスクドールを抱きあげたので、制作者だとカン違いしたんじゃないかしら」
「ぬいぐるみ職人とビスクドール職人を?」
「一般の人にはそんな区別わからないと思います。いっしょくたに人形職人と言っているでしょう?」
 音響さんはうなった。
「そういうことなら誤解がとければ帰ってくるかも知ないね」
 大人たちはいっせいにうなずいたが、わたしはなんだか嫌な感じがした。
「だけどおびき出す方法が悪質というか、へんに凝りすぎてないかしら?」
「あの人が本当にビスクドール職人なら、ムリに引き止められたりするかも知れないけれど、ぬいぐるみしか作らないと知ったら気がぬけるだろうよ。いくらなんでも夜までには帰ってくるだろう?」
 そばで聞いていたお姉が、急に大声を出した。
「夜までっ!? そんな、そんなことになったら……」
 あんまりものすごい調子で叫んだので、人形たちがおびえている。お姉ちゃんのクマちゃんが、
「なにがあったの、マキちゃん」
 と小さく呼びかけた。
「わたしのハロウィン・デビューはどうなっちゃうの? まだあのコを受け取っていないのに! おひろめ人形なしで成人式を迎えるなんて、あんまりよ!」
 大人たちは、
「ああ……」
 と言った。
 ドッペル一座の開演は迫っている。まだイベントが残っている状態で、離れられる人がいない。どんなアクシデントが起こるかわからない本番だ。演目の順番が土壇場で変わることさえあるのに、出番でないからといって、ほかの一座の人がひけるわけにはいかない。カミーユなんかなんの役にも立たないだろうし、暴力ずくで連れて行かれたのならともかく、あれっぽっちのことで警察を呼ぶわけにもいかない。
 お姉は怒鳴った。
「見てらっしゃい、あのオタッキー! ぬいぐるみ使いの恐ろしさを思い知らせてやるんだからぁ!」
 こぶしを握りしめたかと思うと、人形の控室めがけて走り出した。わたしはあわてて追いかけた。
「ちょっとお姉ちゃん、さっきわたしやセリナに言ったことを忘れたの? 危険だからよすんじゃなかったの?」
 ぬいぐるみ使いなんか、なんの役にも立たないよ!

壁紙:Verdant placeさん