ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(7)
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◆ ゴースト人形、出動! ◆


 お姉はすごい勢いでホールに飛び込むと、ゴースト人形のダンボール箱に向かって呪文の最後をとなえた。ぬいぐるみたちは、ピイと叫んで弾けだした。
「あんたたちっ! ドッペルさんを探すのよ!」
 お姉は命令した。
「あんたたちの生みの親よ、わかるわね!? いま、大変な目にあっているんだから」
 一瞬の沈黙のあと、ゴースト人形はカヤカヤと囁いた。
「大変だ!」
「大変だ!」
「大変だ!」
「ちょっと待ってよお姉ちゃん、このコたちにできるわけないよ。子供たちにお菓子を配るために生まれた人形なんだよ? わたしたちが探せない相手をどうやって探させるの」
 お姉はきっぱり言い切った。
「枯れ木も山のにぎわいよっ!」
 それは「コイツら頭数くらいしかとりえがない」という意味だよ、お姉。
 ああ、なんだか今、セリナがいてくれたらなあ。わたしはお姉の妹稼業が長いので、こういうときにはビビってしまう。姉の怒りパワーに押し切られちゃうのだ。
「セリナか……」
 そうだ、セリナに連絡しよう。彼女の性格なら、お姉を止められるかも知れない。
「お姉ちゃん、セリナのところに行こう」
 わたしは言った。
「さっき警察呼ぶって言ってくれたもん」
 お姉は蒼白になってキッと振り向いた。
「ミキちゃん、いいこと言うわね! あのコならここの地理にくわしいわ。それじゃ行くわよ、みんな!」
 ゴースト人形たちは、
「ハーイ!」
 と、よい子のお返事みたいな声を出して、次々ダンボールから飛びだした。勢いあまって箱がひっくり返ると、わたしが呪文をかけたぬいぐるみだけがコロリと残っていた。

 話を聞くと、セリナは腕組みした。
「ウーン、参ったわね。盗難事件じゃないのか」
「警察は?」
「お祭り騒ぎでてんてこまいよ。仮に本当に盗まれたんだとしても、人形よりも人間の迷子の方を優先するだろうから、あんまり期待はできないわ。ここはおとなしく職人さんが帰ってくるのを待ってたら?」
 お姉は泣きそうになった。
「そんなあ、ハナナガムチヘビのぬいぐるみがぁ」
 わたしとセリナは同時に言った。
「なにそれ……」
「わたしのデビュー人形」
 セリナが耳に口をつけて
「ミキのお姉さんて、ひょっとしてオタク?」
 と囁いた。
「それを言わないで、お願いだからっ」
「その、なんとかムチヘビってなによ」
「ハナナガムチヘビ。とってもかわいい毒ヘビなの。こう、お鼻がきゅーんとなっててね」
「そんなもので泣くんじゃないわよ」
「人形使いの命なのよ! 一人前のあかしなのよ! あのコが来る日をどんなに待ったか知ってるの?」
「ウーン」
 セリナは腕組みをといて、お姉について来ている枯れ木のにぎわいを見つめた。
「もうひとつ聞くけど、後ろの連中はなに?」
「ぬいぐるみ探偵団」
「…………」
「お願いだからセリナ、帰らないで! お姉は混乱してるのよ」
「そりゃあ混乱してるでしょうよ。シェパードの人形とかならわかるけど」
「あ、そうか!」
 お姉は手を打つと、リュックからピンクを取りだした。
「犬のぬいぐるみ持ってきたんだっけ。このコならいくらか武器にもなるし」
「どんな人形なのよ」
 尋ねたセリナの目が、なんだかとても痛かった。せっかくできた同い年の友達なのに、お姉のバカ……。
 ピンクにドッペルさんの人形の匂いをかがせると、シッポをふって
「ゆん、ゆん!」
 と鳴いた。
「なんて言ってるの、このコ」
「発音ちょっと悪いだけ。鼻は犬なみにいいのよ」
「さっきは危険にさらされるのがどうとか言ってたくせに、だいじょうぶなの?」
「わたしはミキちゃんと違って今日から大人なんだから」
 セリナの指摘とは論点がずれているのだが、ドッペルさんごとハナナガムチヘビのぬいぐるみを奪われたお姉の怒りは止まらなかった。
「あんたたち人形使いなら、魔法の基礎知識くらいはあるんでしょう? どうしてもって言うなら、保険をかけていってちょうだい」
 セリナはわたしたちに呪術道具を差し出した。
「なにかあっても、途中ではぐれても、呪文さえとなえればお互いの位置がわかるわ」
 わたしはセリナがくれた道具を手にとって確認する。
「これなら知ってる。人形にしるしをつけるのと同じやり方だもの」
 盗まれてもすぐ場所がわかるように、人形にはしるしの魔法をかけることがある。わかりやすく言えば、発信器をつけるようなものね。
「人形使いの方にしるしをつけるなんて、発想の転換だわ」
 と感心すると、セリナは
「あらそう?」
 と軽く答えた。
「二人ともわかってると思うけれど、誰かが少しでも危ない目にあったら即バックだからね」
 セリナは店の奥から魔女の箒《ほうき》を取りだしてきた。わたしたちは驚いて目をみはった。魔女だからといって必ず空を飛べるわけではない。うちのママだって飛んだことはないし、飛べる知り合いもない。ひょっとするとセリナって、すごいエリートなんじゃないだろうか。
「ありがとう、セリナ」
「それじゃ行くわよ!」
 ドッペルさんの匂いを追ってピンクが走り出した。すぐ後ろにお姉とセリナが続く。わたしのあとを、お姉ちゃんのクマちゃんも一生懸命やって来た。カヤカヤおしゃべりしながらついて来るゴースト人形が気になるんだけれども、ほんとに役に立つのかなあ。
 ピンクは人の足元を器用にぬって、どんどん先へ進んでいった。驚いたり面白がったりして、捕まえようと手をのばす人もいるが、お姉の気合いが通じたのか、すべてかわした。わたしたちは人にぶつかりそうになりながら、ジクザクと追った。セリナは見るからに重そうな箒をひっつかみ、歯を食いしばって走っている。さすがに人ごみのなかを飛ぶわけにはいかないのだろう。だいいち人間の足元をちょろちょろしている人形なんか、空からだと小さすぎて見失ってしまう。
「嫌な方へ向かっているわね」
 息を切らしながらセリナは言った。
「嫌な方って?」
「タクシー乗り場よ」
 お姉は黙りこくってピンクのあとを追っている。こんな大都会でタクシーなんか使われたら、本物の警察犬だってお手あげだ。
 セリナの予想は的中した。窮屈そうにタクシーが並ぶすぐわきで、ピンクは地面に鼻をつけながらぐるぐる回ったかと思うと、途方に暮れたようにその場に座りこんだ。
「やっぱりダメか……」
 ピンクを胸に抱きあげて、お姉は未練そうに渋滞道路をながめた。遠くには行っていないかも知れない。いま自分が見ている動かない車の中に、ドッペルさん(と、ハナナガムチヘビのぬいぐるみ)がいるかも知れない。そんな思いで、あきらめることができないのだ。
「お姉さんもかわいそうにねえ。まあ、なにも絶対に間に合わないと決まったわけでもないし、望みがないわけじゃないとは思うんだけれどね」
 セリナが箒を握り直して同情した。わたしはそばに寄ってひそひそ声になった。
「セリナ、実はお願いがあるんだけれども……」
「なあに」
「お姉に内緒で、口裏を合わせて欲しいの。セリナは占いができるでしょう?」
「逃げた場所? あたしはまだ修行中だからおおざっぱな方角しかわからないよ。こんな大都会じゃあ役には立たないわ」
「だからよ。実はわたし、さっきお姉の目を盗んでこっそりフクロウを放しておいたの。オタッキー君、フードつきの服を着ていたから、フードに飛びこんでついて行くようにって」
「あらら」
「あのコにはしるしの魔法がかけてあるのよ。だから呪文をとなえれば……」
 セリナは軽く両手を打ちあわせた。
「そうか! やるじゃない、あんた」
 冒険するつもりだったわけではない。万一のとき、相手の位置がわかれば誰かに行ってもらえる。そう思ってフクロウを出したのだ。
「でも、それをお姉に言うわけにはいかないでしょう? セリナが占いでつきとめたことにしてくれない?」
「了解」
 セリナはお姉に近づいて、うまいことしゃべった。ガイドブックの地図を広げ、クリスタルのペンダントを振り子にしながら、
「寿限無、寿限無《じゅげむ、じゅげむ》、五劫《ごこう》のすりきれず」
 と呪文のように呟いていたが、やがてパッと顔をあげて
「わかったわ!」
 と叫んだ。彼女、ペテン師になれるかも知んない。
「ここの家が怪しいわね」
 地図の一点をビシッと指でついて決めつける。さっきわたしが呪文をとなえて見当をつけておいた場所だ。お姉は目をパチパチさせて、
「ホントにもうわかっちゃったの? 魔女ってすごおい!」
 と叫んだ。首をすくめてセリナに囁く。
「いつも自分がやってることなのに、お姉ったら感心してるわ」
「奇術師の世界には、『たったひとつのタネしか知らなくとも、見せ方を百知っていれば、観客は百のマジックがあると思うだろう』って言葉があんのよ。あたしたちだって見習わなきゃいけないわ。魔法に頼っていないでさ」
 セリナはそう返して目くばせした。
「ミキちゃん、なにひそひそ話しているの?」
「そこへ行くのにどのくらい時間がかかるかって聞いたのよ」
「安心してよ。電車一本でオーケイだから」
 わたしたちは立ちあがった。そして互いにうなずき合った。
 ドッペルさんの居場所をつきとめるのだ。

 人様の迷惑にならないようゴースト人形をコンビニ袋につめこんで、わたしたちは電車に乗った。お祭りのせいか、かなり混雑している。まわりの人がセリナの箒を、邪魔そうにジロジロ睨みつけていた。わたしたちも箒が使えれば、セリナにこんな面倒な思いはさせないのだけれど。行きがかりとはいえおかしなことに巻きこんで、悪いことをしてしまった。
 電車を降りると、セリナはスカートの後ろをサッサッと払って
「しわになった」
 とつぶやいた。
「せっかくの晴れ着なのに、やんなっちゃうわ。年に一度だからと思って、めいっぱい奮発して大人っぽいデザインにしたのに」
「えっ、いつもは黒のドレスじゃないの?」
 セリナは不思議そうにこちらを見た。
「ミキのお母さんって、いつも正装してるんだ?」
 ええい、これもうちだけか。我が家が変わっているのは魔法一家だからじゃなくて、単に変わり者だからなのね。わたしは半ばヤケになって誤魔化しにかかった。
「だってホラ、人間のお客さんって、占い師がいかにも魔女! みたいなかっこうしてると喜ぶじゃない」
 ほんとは占い屋じゃないんだけど。セリナは箒をぶんぶん振り回した。
「今は服のしわより、職人さんを見つけなきゃあ」
 お姉は情けなさそうにキョロキョロしている。
「ねえセリナちゃん、どっちへ行けばいいの?」
 わたしは気取られないようにしるしの呪文をとなえて、もういちど確認した。フクロウはさっきから移動していないようだ。そっとセリナにうなずいて見せる。セリナは箒のさきを緑地帯の方へ向けて、
「あそこ!」
 と言った。
「よしっ」
 お姉ははりきってコンビニ袋をさかさにした。ゴースト人形がカヤカヤ言いながら出てくる。探偵というよりピクニックみたいだ。
「カヤカヤ」
「カヤカヤ!」
「カヤカヤッ!」
「はいはいみんな、おしゃべりしないの」
 お姉は言った。
「まずは先に行ってようすを見てきてちょうだい。ドッペルさんがいたら知らせに来るのよ、いーい?」
 ぬいぐるみたちは声をそろえて、
「ハーイ」
 とお返事した。
「ちょっとミキ、あれってほんとにだいじょうぶなの?」
「だいじょうぶよ。枯れ木も山のにぎわいだって自覚はあるみたいだから」
 手にしたコンビニ袋が、バタバタ暴れ出した。そういや半分もっていたんだっけ。わたしは袋をあけてやった。
「道草しちゃダメよぉ? わかった?」
「ハーイ!」
 世界一たよりない探偵団が、パタパタ飛んで出動する。呪文に反応するのは緑地帯の奥にあるお屋敷だ。オタッキー君は、意外にも金持ち息子らしかった。

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