ハロウィン・デビューはかぼちゃの中で(1)
Home / Novel Essay
 1        

  はじめに

 この作品は、よもぎの森さん『ハロウィンは魔法の夜』に登場するハロウィン祭をシェア・ワールドにして書いたものです。とても楽しそうなお祭りだったことと、わたしが十代のころに書いていた魔法使いの話に似た設定があったこととで、特にお願いして書かせていただきました。
 したがって、この作品に登場するハロウィン街ハロウィン通りの設定、およびその街に住む魔女の様子などについては、よもぎの森さんの創作であることをお断りしておきます。
 その他の設定(森さんの設定に偶然似たところや、つじつまを合わせた部分が混在していますが)と登場人物すべて、そして物語は於來見沙キのオリジナルです。
 魅力的な舞台のおかげで、初挑戦のジャンルとなりました。森さん、ありがとうございます。(^ ^)



◆ ハロウィンは成人式 ◆


 人形使いにとって、十七才のハロウィンは特別な日だ。修行期間が終わって社会に出てゆくそのあかし――自分のためだけに作られた人形を持つことを許されるのだから。
 それまで仲良くしていた人形が大事じゃないってわけではないのよ。小さいころに親から与えられたクマさんのことを、わたしたちの業界では“長老”と呼ぶ。自分の魔法で命を与えた、人生最初の友達だから。

 ダイニングルームいっぱいの光の中では、十七才のハロウィンを明日にひかえたお姉が大騒ぎをしていた。クマの特大ぬいぐるみに魔法薬をぬりつけているのだ。お姉が二歳のときから友達にしているこの人形、名を“お姉ちゃんのクマちゃん”という。いいかげん手順はわかっているんだから自分も手伝えばいいのに、いつものほぼーっとして人がやってくれるのを待っている。いかにもぬいぐるみっぽい性格なんだよね。
「あんたこのクマ、なんとかならないの!?」
 ママがヒスを起こした。
「汚れ防止の魔法薬って高いのよ! 月の光をたっぷり浴びた香草を十五倍も使って、ウドの大木人形なんだから!」
 ママが叫んでもお姉は平気だ。
「だってぇ、ぬいぐるみって汚れやすいのよぉ。黙って座っていてもホコリはつくし、外に出すとみんなが触りたがるでしょう? こんな魅力的なぬいぐるみ、子供がほっとくわけないわよ。いたずらで水やケチャップをかけてくる子もいるし、はさみで耳をちょん切ろうとする人までいるのに、お出かけに気をつかうのはあたりまえじゃないのぉ」
 汚れ防止の処置が終わると、お姉は続けざまにしるしの呪法を施した。そうしておけば、ぬいぐるみが迷子になったり人間に連れ去られたりしたとき、呪文をとなえるだけで居場所がわかるのだ。
「なにもこんなに大きいのを連れて行くことないでしょう? もっと小さいコにすればいいじゃない」
「ダメダメ。十七才のおひろめには長老グマを連れて行くのが人形使いのステータスなの。ほかのコは絶対ヤだもん」
 自分が争いのタネになっているのがわかっているのかいないのか、“お姉ちゃんのクマちゃん”はポリポリと耳をかいた。ママは嘆いた。
「せっかく女の子が生まれたと思ったのに、どうして二人ともママのあとを継いでくれないの? 魔女になってくれないの? なんでよりによって、魔法業界三大ビンボウのぬいぐるみ使いなんかになるのよ。どうしても人形使いになりたいなら、注目のレンタルボディーガード人形でもやってくれればいいのに!」
 いつの間にかパパがやってきて、もごもごと助け船を出した。
「おまえ、そんなこと言わないで」
 今日のパパの衣装は、水玉もようのピエロだ。ほっぺたにはキリンの絵とうずまきが描いてある。ぬいぐるみ使いとしては普通のいでたちなのだが、ズルズルした黒ドレスに魔女メイクのママとならんで、「夫婦です」というのはなかなかコワイものがある。
「ぬいぐるみ使いはうだつがあがらないかね? 世界の子供たちに夢を与えているじゃないか。夢は大事だよ」
 このセリフ、はっきり言ってやぶヘビだ。
「それじゃ食べていけないから、あなただって会社勤めをしているんでしょう? この納税通知書を見てよ。“魔女の森”はわたしたちの家そのものなのに、土地家屋のほかに山林所得まで課税されてるんだから!」
「だってじっさい山林じゃないか」
 いつもの展開にドキドキしていると、お姉がわき腹をつついて
「ミキちゃん、出かけよう」
 と囁いた。わたしはあわてて荷物を持つと、お姉のあとについて魔女の森を出た。魔女の森といってもうちが勝手にそう呼んでいるだけで、近所の人はただの森だと思っている。変わり者の魔法一家がいるなあというくらいで、たいして気にとめてはいないようだ。森は自分が生まれ育ったところなわけだし、居心地はいいんだけれども、お出かけするとやっぱり世間は明るいなあと思う。なにしろウチは、テレビも電話もないくらいのアナクロなの。

 目的地はハロウィン街ハロウィン通り。年に一度そう呼ばれるお祭りスポットだ。もともと在日外国人の内輪のパーティだったらしいんだけれども、いつの間にか人間の屋台やら魔女の出店やらが繰り出して、観光名所になってしまった。そこで開かれるイベントには、天才ぬいぐるみ職人と言われるアントン・ドッペルバウアーさんが、人形劇一座をひき連れてやって来る。お姉が十七才のオーダーメイドを頼んだのはこの人だ。苗字が長ったらしいので、ドッペルさんと呼んでいる。
 ドッペルさんはパパの知り合いだ。ぬいぐるみ使いのぬいぐるみを専門に作っている。世の中には魂をこめやすい人形とそうでない人形というのがあって、人形使い御用達《ごようたし》になれるのはごくごく一部の名人だけ。ドッペルバウアー人形一座は、ドッペルさんの作ったぬいぐるみだけを役者に使う劇団で、動きのかわいらしさ、ユニークさは抜群だ。もちろんその良さを最高に引き立てられる人形使いがあってこそだけれどね。残念なのは、ぬいぐるみを役者に使うと内容まで子供っぽいと思われがちなこと。糸なしマリオネットのピノキオ軍団(人形劇団の名前だよ)なんかに比べると、評価も知名度もひどく低い。テレビゲームが出てきてからこっち、もうぬいぐるみ一座なんか流行らないよという雰囲気になってきて、わたしたちの活躍の場はひどくせばまっている。
 だからといって、今さらほかの人形に手を出しても手遅れだ。子供のころから心を注ぎ続けてきた対象にこそ本物の命が宿る。かりに修行してマリオネット劇団に雇われたとしても、わたしたちの操る人形はお茶くみとモップかけしかさせてもらえないに違いない。

 わたしたちは飛行場に向かった。ほんとはママが魔法で送ってくれる予定だったんだけれども、儀式に必要な薬草がそろわなかったのよね。最近では魔法薬の原材料になる動植物が天然記念物に指定されたり、ラムサール条約で保護されたりして、すっかりやりにくくなっている。こういうときのママの口癖は、
「自分たちが乱獲して絶滅させたくせに、魔女がほんの少しの魔法薬を作るのを、なんで人間に邪魔されなきゃならないのよ!」
 だった。
壁紙:Verdant placeさん