於來見沙都(おきみさと)の無謀なる挑戦! ――翻訳サイトで自分の小説を訳してみよう
●● 初っぱなからつまずきっ放し ●●
最初の文はこんなのだった。
山奥の竹林のそばにかぐや姫というあだ名の老婆が一人、住んでいる。The old woman of a nickname called Moon Princess lives near Takebayashi in the heart of the mountains one person.なめらかな肌と切れ長の目が美しかった時分からいつも月を見ていた。It went out with the smooth skin and the moon was always seen from the time whose eyes of merit were beautiful.縁側に座って見あげる顔は、月の光を浴びて白く輝いていたという。 It is said that the face seen [ is sat down and ] and raised to a veranda basked in the light of the moon, and was shining white.
of a nickname called Moon Princessとかいう言い回しがすでにダメですわ。そんな言い方習ったことないから、正しいのか間違ってるのか分かんない。辞書ひいてさんざん調べたけれど分からなかったので次。
竹林が訳せなくてTakebayashiとなっているので調べる。オンライン辞書ではうまくいかず、またもや中学生辞書出動。どうやらbamboo groveと言うらしい。バンブー・グローブって、わびさびや墨絵の世界とは無縁な感じね。かぐや姫の出生地じゃないと思う。
“老婆がひとり”でいきなしちょっぴり困ってしまった。
実は“ひとり”という言葉には、軽いしかけがあるんだよね。一人暮らしなのか、単にそういうお婆さんが一人おりましたというのか? さりげなく曖昧に書いておきたい。感じる人も感じない人もいるだろうけれど、
「そんな淋しいところに住んでるお婆は一人暮らしかな?」
という雰囲気を出しておいて、かぐや姫はお母さんと二人暮らしだよ、とやるのです。最後の方では軽くひっくり返して、本当はお母さんなんていませんでした、と。
読み終わったあともういちど目を通してくれる人がいたら、“老婆がひとり”という表現に含みを感じてもらえるかも。
これは、名詞にいちいちaだのanだの複数のsだのをつけない言語だからこその、隠しわざ。“ひとり”をlive alone(一人暮らしをしていた)と訳すわけにはいかない。お母さんが出てきた時点で、論理的矛盾に陥ってしまう。しかし、単にan old womanと訳したら、英語は百パーセントなんの含みも持たないだろうなあ。言語文化の違いって、こんなところに出てくるのね。まあいいか。中学レベルがンな高度なこと考えてもしょうがない。ここはオーソドックスにan old womanと訳して、次。
さて、次の文には主語がないうえに、翻訳プログラムが苦手とするネストがあるから、主語を補って短くちぎってテキスト翻訳に突っ込んでみる。
そのときからずっと、彼女は月を見ていた。
She had been looking at the moon from that time.
彼女のなめらかな肌と切れ長の目が美しかったとき。
When it goes out with her smooth skin and merit's eyes are beautiful.
縁側に座って空を見あげる彼女の顔。
The face of her who sits on a veranda, and looks at and raises empty.
彼女の顔は、月の光を浴びていた。
Her face was basking in the light of the moon.
彼女の顔は白く輝いていたという。
It is said that her face was shining white.
She had beenはマズイかも知れない。ご飯も食べずトイレにも行かず、眠りもしないで……という意味になったら困るし。もう現役じゃないから、そういう意味になるのかどうかすら分かんない。いつもっていうのは、この場合はevery nightだよなあ。現在完了形使っていいのかなあ。……すでに投げたくなってきた。
切れ長の目がmerit's eyesってのも、なんか分かんない。meritには功績とか賞賛とかいう意味しかないみたいだし。試しに“切れ長の目”とだけ入力してみると、almond eyesが出てきた。アーモンド・アイって、宇宙人目撃談に出てくるアレでしょう。目撃者の描いた宇宙人の絵、ギョロ目だよねえ。イメージとしてはすごくイマイチなんだけれども、すうっと横に長い一重まぶたが美しい、という感性自体が英米人にはないんだろうから、妥協しておこう。
“空を見あげる”で、何かを見て空虚をどこかへ上げちゃうというのが凄い。エキサイト翻訳というだけあって、エキサイトな翻訳だ。“空が青い”と入力すると、“空虚が青い”と訳してくれる。まいあさ頭上の空虚を見て天気のあいさつをするって、どんな民族なんだ。滅亡寸前か?
ああ、それと顔が輝くのがshineってのはマズイですわ。彼女の顔が自家発電機になってしまう。自力で光らないもんはshineと言ってはいけないのでした。単語検索でlight upというのがあったので、適当かどうか分からないけれどコレを使ってみましょう。
というので四苦八苦して適当に作り、文章のニュアンスを大胆に切り取って、次のようにしました。
山奥の竹林のそばにかぐや姫というあだ名の老婆が一人、住んでいる。
The old woman of a nickname called Moon Princess lives near a bamboo grove in the heart of the mountains.
なめらかな肌と切れ長の目が美しかった時分からいつも月を見ていた。
She looked at the moon every night since her smooth skin and almond eyes have been beautiful.(時制の一致が分からない。誰か知ってたら教えてちょ〜!)
縁側に座って見あげる顔は、月の光を浴びて白く輝いていたという。
They say that her face was light up white in the moonlight when she sat down the veranda and looked up the sky.
“縁側に座る”が“ベランダに座る”になっているけれど、アチラの人が読んだら
「なんでそんなトコに座るんかい!」
となるのか、
「ベランダのイスに座ってるんだな」
となるのか、どっちなんでしょーね。
“月の光を浴びる”という表現が消えて“月明かりの中で”となってしまったのは、文法能力がないせいです。前置詞とか分からなかったの。しくしくしく。
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