ベッドがやたらと小さいシエークスピアの家を見たあと(あれでホントに寝られるのか?)、冗談のように安い飛行機に乗ってシャルルドゴールの上空に達したのは、すっかり夜になってからです。
桐葉さんが言いました。
「ロンドンの街灯りはオレンジだけれども、パリは青いんだよね」
えー、ほんと?
首をのばして窓をのぞくと、すべてが青いのではなく、オレンジと青が交互にならんでいます。その輝きはロンドンや東京とは違い、あまりシャープではあり ません。光の輪郭が月長石のようににじみ、たがいに混じりあってなにやら幻想的な雰囲気でした。色ならびは明らかに計算されたようすで、街全体がなにかの 形に囲われています。なんとなく函館の五稜郭を思い浮かべていると、飛行機は空港に到着しました。
夢うつつにホテルへ向かうタクシーの中で、誰かがしきりに話しています。
「このハイウエイは、むかし城下町の城壁だったの。城壁はとり壊されたんだけれど、そのあとに道を造ったの」
ああー、城壁の形をしたハイウエイの灯りかあ。どうりで五稜郭だと思ったなあ。
……スケールずいぶん違うけど。
状況から察するに、あれは姫さんの声だったんじゃないかと思うんですが、どうにもはっきりしません。次の日に観光バスで聞いた日本語ガイドだったかも知れないし、別の時に誰かが説明したのかも知れないし。
体力少なめ&テンション低めのわたしは、この日を境にヤバイ精神状態にすべり落ちて行きました。ところどころ記憶がぶっ飛んだり、混濁したりしはじめたのです。
次の日の朝、観光バスの一日フリーチケットを買って、凱旋門やエッフェル塔を見たのは覚えています。モンマルトルも見たいねと言ったのに、時間と体力が 尽きて行けなかったことも、どうにか思い出しました。無賃乗車のおっちゃんが運転手にたたき出された気がするなあ。ノートルダムを見たの、いつだっけ〜。
それはそうと、観光バスって便利ですねえ。日本語の音声ガイドがついていましたよ。言葉も分からず地図読みもできないおノボリ観光客には、救いの神で す。ぼぼっと座ってるだけで主だった観光スポットを眺められるし、見たいところがあればふらりと降り、見終わったらまた乗ればいい。
そう言やあバブルがはじけるまえ、わが故郷にも二階建ての観光バスが走っていましたっけ。
「高いとこからうわっつら眺めて、なにが面白いんだべか」
な〜んて当時は冷たい目で見ておりましたが、自分がその身になると、ひしひしとありがたみが染みてきます。なんまいだぶ、なんまいだぶ。
凱旋門って、写真やテレビでは全体像しか把握できなかったけれど、近くで見ると浮き彫りや彫刻がすごいんですね。
パリの歴史的建築物は、浮き彫りがいっぱいです。粘土板をへらでこすったようなヤワなしろものじゃあござんせん。飛び出す絵本のように飛び出しています。凱旋門の天使なんぞは、羽ごとばびょーんと迫ってきましたよ。
パリの散策には気をつけましょう。うっかり兵士像のそばなんか通ったひには、槍で目を突かれるかも知れません。
……今日はこのくらいにしておきますが、しつこく続きます。