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風鈴と御霊送り

二の項「神の名と禍(まが)つ神」

「お役人さま、我らはあの子に唆(そそのか)されただけにございます。どうかお見逃しを」
巡業先での急な御用改(ごようあらた)めにぶつかった時、私を指して、首座(しゅざ)が言い逃れを図った言葉だ。薄紙一枚の障子がやけに分厚く、陰ごしに映る首座の背中がやけに遠い。そこにいた首座はもはや、自分の知らない他人の横顔を見せていた。信頼し、諸術を学んだ師はもういない。そもそも、私は首座という人間の何を見ていたのだろうか。だから、たった一つでいい。不変のものが欲しかった。裏切りに埋没した世界で、変わることのない一本気な心根があると、もう一度だけ信じさせて欲しかった。


 三迭(さんてつ)の母神(ははがみ)である狼神(ろうしん)が、三上(みかみ)の御山(おやま)で一族を束ねていた時代。同心(どうしん)に追われて転がり込んだ住吉(すみよし)を含め、ここいら一帯はまとめて摂津の国と呼ばれていたという。三迭と出会ったのは、切立った山肌にある信仰も廃れたお堂で、季節は大寒(だいかん)を過ぎたばかりだった。人里を避け雪雲の寒さを凌(しの)ごうと、見るからに裏淋しく倒壊しかけたお堂を選んだというのに、腐った床板を踏み抜いた先に、純白の狼の姿をした三迭はいた。山賊の屍(しかばね)の上で口元に残った血をなめ拭いながら、眉ひとつ動かさない涼しげな双眸(そうぼう)。私はどうすべきか迷ったが、口から出たのは一言だった。「名も知らぬ神よ。お気になさらず続きをどうぞ」と。巫覡気(みこけ)の心眼で、相手が神であることは一目(ひとめ)で判別できる。到底敵(かな)う相手でもなし。かといえど、食糧を溜め込んでいそうな遺体を据え膳にして、お尋ね者は悠長に引き下がれるほどお人好しではいられない。転がった屍(しかばね)の懐で物色を始めた私に、呆けた顔をした三迭は言った。『主、我が神と知り我を畏(おそ)れぬのか』、と。畏(おそ)れはないというより、私は既に無駄な努力はせずに温存しておく主義だった。
三迭と出会ってから二度目の冬が巡り、私はお堂の中でしなやかな体を抱き寄せ、毛並みに顔を埋めていた。透き間風に雪が舞い込み、しんと底冷えする中でも二人でいれば温かい。神なのに血が通っているかのようで、耳を当てた首元からとくんと鼓動を感じた。三迭はおとがいを乗せたままの格好で、ぴくりと立てた耳を震わせては、風の音を聴いている。同胞に追われたといえど、狼神(ろうしん)の使役として守護してきた聖地が気になるのだろうか。お堂を出て幕府の目を逃れながら共に移動したが、やはり御山(おやま)から遠く離れるのは好ましくないらしい。様子を窺い、この地に戻ってきてしまった。ここからはとても拝めやしないのに、艮(うしとら)に構える三上の御山にじっと耳を傾けている。御山(おやま)は母神の亡き後、若神(わかがみ)が迎え入れた人の手により、すっかり衰退してしまったという。
私と出会った一年前の冬。無知で無作法で、神を妄信する愚かな人間が嫌いだと三迭は言い放った。神を前に媚(こ)びもせず泰然と構えた私は、それまでの常識を覆(くつがえ)す珍妙な生き物だったようだ。出会った人間は、正体を知れば神を万能の対象に祀(まつ)りあげては崇(あが)める無知な愚者(おろかもの)か、返り討ちにした山賊のような無礼者の二属だったという。そのどちらにも属さない私を、『変わった奴だ』と不思議がり、神も縄張りを荒されればその喉笛を掻き切るし、また神も死して消滅する存在だと、三迭は気まぐれに教えてくれた。物色を終えた私の誘いに乗り、まさかお堂を共に出るとは思わなかったが。変わった奴への興味だと言ったが、止まり続けて懐古に浸ろうと何も変わらない。それは痛切に分かっていて、踏み出すために必要なのは、手を差し伸べられるほんの些細なきっかけだったのかもしれない。
三迭は私の腕の中でぴくりと耳を震わせて、格子戸の隙間から見える空に首を巡らした。風の声を聞くかのように、姿勢を正しては耳を澄ますのだが、その回数が日を追うごとに多くなってきている。しばらくしておとがいを戻し、三迭は私に答えた。神は何も残さず死ぬのが怖くはないのか、という問いについてだ。
「なぜ、そのような無益なことを考えねばならない? 生きた証(あかし)など、我らは考えたりもせぬゆえな。それよりも、御家(おいえ)とやらはよかったのか? 人間にとっては、大義なのであろう? 繁栄のためと、我を祀(まつ)りたがる鬱陶しいやからも多かった故な」
「御家(おいえ)なんて、欲しい奴が後生大事に心中でもすればいいさ」
 私はやはり生きた証(あかし)も満足に示せず、捨て石のように、存在したことすら忘れられるなど耐えられなかった。武家の次男として、生まれる時代が僅かばかりずれただけだ。それを運という無責任な言葉で括(くく)られ、しかるべき大名家に仕官し、重臣として重用(ちょうよう)されるべきは兄。弟は陰となり兄をよく支え、より頭角を示すことなかれと諭(さと)される。そのくせに算術、論語、兵法に至るまで武家の嗜(たしな)みとして身に叩き込まれるのだ。剣術であれ兄に打ち負かされたふりをして、適当な華を持たせなければならない。軽率に人前で勝者になってしまった日には、さじ加減について、親だけでなく師範からも滔々(とうとう)とした説教がなされる。まったくもって、分が合わないのだ。
「お前は本当に風変わりだ。我が出会った人間の規格に、当てはまらない存在だよ」
「変わってる…かな。そんな生殺しの日が永遠に続くなら、私は自分ひとりの力で生きてやろうと思っただけだよ。兄と被らず立つには、他人に気味悪がられようが自分には異能(これ)しかなかったんだ」
「それで今はその異能(いのう)によって、同じ人間に追われているではないか。人とは忠節や大義がないと不安に怯(おび)え、自己を正当化することもできぬ。なんと矮小(わいしょう)で、難儀(なんぎ)なものよな。少しでも己と違うところがあれば、排他せずして自己の顕示ができぬものか」
 三迭は、不思議そうに首を傾げた。
「我らは、そういった行動が分からぬ。神は神眼(しんがん)を持つことで比類なき神格(しんかく)と、神で在り続けるが故に、神籍(しんせき)に連ねられる真名(まな)というものがある。神は役目を終えれば消滅するが必定(ひつじょう)ゆえ、己であるためなど、自己の確立といった考えなぞ持ち合わせぬ。我ら使役の真名(まな)に意味はなく、ただ神籍(しんせき)の末端に名を連ねるだけのもの。二位(ふたい)の母神を守護し、その意志を体現するためだけに我らは在る。少なくとも二位(ふたい)の神たる母神も頭一等(とういっとう)の神に従い、ひいては天の伝神(でんしん)として在るだけだ。故に主のように、何かを残せぬことに対する恐怖といった概念などはもたない。神がもつものは伝神(でんしん)たる誇りだ。神は天詔(てんちょく)を全(まっと)うするための誇りに在り、一族を率いる責を負う。もし恐怖というものが存在するならば、御山(おやま)の鎮守すら失ったこの時間が、そうやもしれぬがな」
 そして今一度、三上の御山の方位を見やり、おとがいを乗せては尻尾を一振りしてみせる。瞳を伏せがちにするが、綺麗な紫の瞳がもったいないと思う。
「末端にすぎないというのに、我ですら神眼(しんがん)を背負い生まれ出づる。重きことだ。神格(しんかく)が高位であるほどに、深い紫紺の瞳をもつが。今は亡き母神も、それは見事な神眼(しんがん)を持たれていた。今の御山(おやま)の惨状を知れば、さぞや嘆かれるだろうて。我は母神を、今でも敬している。威厳をもち、あれほどまでに誇り高く、その尊大さをもって反目(はんもく)の芽である、同格たる二位(ふたい)の若神の衆をも永く統治された。しかし我は、母神の笑顔をついぞ目にしたことはないのだ。一族が分断しそうな御山(おやま)のために、その若神たちに誇りと伝神(でんしん)たる大意を示すためとはいえ、我らの前で愛された人の子を殺(あや)めるなど。さぞやお辛かったろうに」
 鼻を小さく鳴らし、昔を偲(しの)び思いを馳(は)せるように、耳をぴくんぴくんと震わせた。三上の御山は頭一等(とういっとう)の神を頂点に頂(いただ)き、その下で二匹の二位(ふたい)の狼神(ろうしん)が鎮守にあたり、その実権を母神が握っていたというのだ。そして使役は、母神の一派と若神の一派に二分され、母神の存在によりかろうじて均衡を保っていたという。三迭は、母神の一派を総じて眷属(けんぞく)と呼んだ。遠くを見つめるような瞳が揺れる時、三迭はたいてい、多くの人の血が流れたという御山(おやま)の事変について、自問しながら考察をしているのだ。
「三迭は、やはり人が嫌いなのだろう?」
「御山(おやま)を土足で踏み荒らした、傲慢な人間どもは嫌いだ。母神亡き後、身をもって示された誇りも功をなさず、あっけなく瓦解した我ら一族も不徳だ。……だが、母神と死んだあの子を思う時、少しだけ胸が温かくなる。それに、主は違うと我は思う。主といると、何故か居心地がいい。主のような変り種が人(・)であるならば、人もまだ捨てたものではないのであろう?」
 語尾を上げたその言葉は、信じたいという願望が込められているようにも感じる。
「そう言ってくれると嬉しいね」
 私は三迭の首の根に力を込めて、ぎゅうと抱きついた。首が絞まると、尻尾で頭をはたき抗議していたが。母神の亡き後、隆盛を驕(おご)り勢い付いていた若神の一派と争いを繰り返したが、母神の大意を継ぐ三迭たちにとって、旗色の悪さは闘わずとも初めから克明であったという。三迭を含め眷属(けんぞく)の老(ろう)たちは、流血を避けようと両派の説得に苦心した。しかし若神の遠吠えに呼応し、一夜にして開戦へと時勢は傾いてしまったというのだ。
「こんなことをお耳にされれば、母神はきっとお怒りになられるだろう。我は一族を割った、若神を恨む気にはなれぬのだ。天は三上の御山の鎮守を頭一等(とういっとう)の神から二位(ふたい)の神へ課せられ、そして我らが使役された。母神は山に踏み入る全ての者を駆除し、山の息吹そのものの平定と安寧に全霊を注がれた。若神は時代の移ろいに添い、頭一等(とういっとう)の神のみを守る山の総体としての鎮守を目指した。人間どもと手を結び、木霊(こだま)が死滅しようともだ。資質としての本質を守るか、総体としての象徴を守るか。どちらも、鎮守といえば鎮守なのであろう? ただ、我には分からぬのだ。我ら一族は分断し、多くの同胞の血が山に流れた。恨みを含して、大地にしみついたどす黒い血の穢(けが)れは、永きに渡り禊(みそ)がれることはなかろうて。木霊(こだま)だけではなく地脈は歪み、生命の母たる地霊をも侵した。これは天がいうところの、秩(ちつ)の乱れではないのか。なぜこのような事態にも、天は意を示されぬ。なぜ、道を示してくだされぬのだ」
 三迭は肩を落として天を仰ぐが、気の利いた言葉ひとつかけてやることもできない。
「我は思うのだ。真(しん)に天は、鎮座たまうのかどうかと」
 首から腹にかけての毛並みをすいてやりながら、ただ静かに思った。
(人ですら理解し合えないというのに、神が天を理解するなどずっと至難の極みに決まっている。お前はまっすぐだね、眩しいくらいに。それでも母神を思って今も啼(な)く、その一途で一本気な心根がどうしようもなく好きだよ)
「考え込むのは悪い癖だ。我と来て、遊べや親のない雀」
 私はそう言って、三迭の鼻をぺしりと弾いた。少し不愉快そうな顔をして、三迭が聞き返す。
「それは、同類相憐れむというやつの遠回しな揶揄(やゆ)か?」
「一緒にしてもらっちゃ、こっちが困る。私は自ら親を捨て、三迭は親を亡くしたんだからな」
 両手を腰にあてふんぞり返る私の笑顔に、「調子にのるな」と、三迭のふくよかな尻尾が命中した。



× × ×



 ドドン、ドドンと祭り太鼓の乱れ打ち。
調子に合わせ、ズズン、ズズンという物音が耳をよごす。
「我と来て、遊べや親のない白狼(はくろう)
 からりと晴れた青い空に流れる雲を眺めては、一人と一匹で、穏やかな時間を心ゆくがままに語らえば、逃亡生活もそれなりではあった。冗談半分にお仲間と呼べば、「違う」と意地を張ったように口を尖らせた三迭の影を思い出す。
「ちょいと番人さま。なにたそがれてなさるんで?」
そう言って目の前に突き出された風鈴の色は、篝火(かがりび)の灯りに照らされ涼やかな音を奏でる水の色だった。太鼓の轟(とどろ)きに混じった掛け声が心地よく、天の見取り図の前で呆けていたことにふと気付く。ほおずき提灯が、彼岸に向かい霧の河面を進む頃。竿灯(かんとう)を掲げる、御霊(みたま)迎えの祭事が始まっていた。河岸では御霊(みたま)帰りの安寧を祈願するために、河開きの太鼓を打ち鳴らしている。気分だけは祭りだが、提灯と風鈴を手にした宿主たちは、お構いなしに見取り図の前へ列をつくるのだ。最後尾の見えない長蛇の列。その横を、紅(くれない)の色をした大団扇(おおうちわ)がゆさゆさと通りかかった。神楽(かぐら)山車(だし)を扇ぐために、供土蔵(そなえどぞう)から出してきたのだろう。肩に担いだ元さんが、団扇(うちわ)の隅から苦笑いを投げかけた。あっしが番をする縄張りは舟場に近いため、宿主との会話はたいがい元さんにつつぬけだ。その横手の区画は静姐さんの持ち場なのだが、舞で河殿(かわどの)へ渡るため、今日はあっしの領分に上乗せされている。祭事に輪番となった番人は東西合わせて十人で、これは通常より多いが、実質の分担は結局のところ、あってなしにごった返す。選任された番人は、運の悪さとして諦めるしかない。
姐さんは今ごろ祭刀(さいとう)を提げて、反橋(そりばし)まで巡行する山車(だし)の準備でもしているのだろうか。頬づえをついてため息をこぼし、手渡された風鈴をとりあえずは鳴らしてみる。
「いい仕事をしてやすね。お値打ちもんじゃ、ありやせんか?」
「でしょ? 値は張リ込みやしたけど、彼岸に渡るためにゃ小せえことなぞ言っとられやせん。今日は河開きの打(う)ち音(ね)で、お河も渡りやすくなっとるっちゅう噂。この風鈴でだめでやしたら、どれを持ってきてもお手上げでしょうな」
 宿主は胸を張って朗々と語りだす。
(これも吊るすまでもなく、通れないんだがなあ)
「まったくもって、その通りで」
見取り図に風鈴を翳(かざ)しながら、あっしは顎に指をあて、本音とは裏腹な決まり文句をしゃあしゃあと吐いた。宿主の出鼻を挫(くじ)くような真似だが、卑怯に感じたのも最初のうちだけだ。慣れればどうということもなく、今では何くわぬ顔で吊るしてやる。風鈴はリンと音をたてたが、風になびいてそれだけだ。光ることもなく、糸は頑として切れる気配もない。
「すみませんねえ、旦那。祭事なんていっても、しょせんは彼岸に帰る魂の祭りごと。あっしらがじたばたしてる姿は、お帰りなさる御霊(みたま)にとっちゃ、たかだか対岸の火事でしょうや。天は祭りに大判振る舞いする気なぞ、まったくありやせんようで」
 前には口元に手をあてて、ぶつぶつとこぼす宿主の顔がある。気分直しには貧相だが、肩をすくめ、とりあえず祭りの蓮酒(はすざけ)を蕎麦猪口(そばちょこ)に振舞ってやった。彼岸渡りのためには、風鈴の真髄が何たるかを理解することが不可欠だ。迂闊(うかつ)にその真髄を教えたり、彼岸渡しの一助(いちじょ)となることを禁ずるのが、番中法度の意味するところだ。余計なお節介(せっかい)は焼かず、ただ傍観することを求められるのは、ある意味で楽ではある。しかし、
「何もしちゃならんってのも、たやすいようで辛(つれ)えのう」
 土手下からかけられた元さんの声に苦笑を浮かべ、まったくだと手を振り返した時、また聞こえた。
 ズズン、ズズズ、と徐々に大きく近づいてきている。
 姐さんと先ほど聞いた地鳴りも似ているが、はじめは轟(とどろ)く太鼓の余韻程度だった。しかし、大気の捩(よじ)れる音が混じっていることに異様さを感じる上に、時おり足元からではなく、空がたわむような音すら混じり始めている。
「元さん。なんだか空から地鳴りがしてやせんか?」
「いいや。なんも聞こえやせんけど、空から地鳴りはないじゃろう。てっぺんから轟(とどろ)くのは、雷鳴じゃろうがな」
 それは最もなのだが、笑い飛ばすのは元さんだけでなく、列に並ぶ宿主たちも訝(いぶか)しそうに首をひねっている。上空では天が放った見張り鳥が、暗雲をぬって飛び交っているだけだ。賛同の声もないあっしの背後に、あまり耳にしたくない声が飛んだ。
「はん。そんなに注目を浴びたくば、もっと有益に頭を活用してはどうだ?」
 いつの間に接岸していたものか。頭(かしら)を先頭にした渡したちが、大きな顔で登場した。かち合う視線でその場の空気が淀(よど)み、瞬く間に険悪になる。水場(みずば)にいて、陸を闊歩(かっぽ)して欲しくない面々ばかりだ。よりにもよって、この一群が今日の陸上がりとはついていない。
「番人さまも、そんな柄じゃございませんて。まあ渡しの旦那も、ここはお引きくださいや。めでたい吉事じゃございやせんか。そろそろ神楽山車(かぐらだし)が、河殿(かわどの)へ巡行する頃ですぜ」
 中に入った元さんに、頭(かしら)はあてつけのように肩をぶつけ、仲間を連れて土手を越えて行った。「始まる前からいがんどったら、今年の祭事も先が思いやられるわなあ」と、吹き飛ばされかけた元さんは、支えたあっしへ大袈裟(おおげさ)に首を振る。あっしは空笑いするしかなかった。


(しょう)に続き細やかな高麗笛(こまぶえ)の音が奏でられる頃、太鼓と笛にほお、ほおという声をかけ、元さんは竿灯(かんとう)の下で大団扇(おおうちわ)を扇ぎだした。河岸を伝い山車(だし)の巡行の始まりだ。浮き足立った喧騒を期待しながら、あっしはしゃがんで風鈴を検閲していのだが、地鳴りが何かを、引きずっているような気配を感じた。通りに背を向けたまま振り向かずに、
「どうしたんですかい、元さん? 大きな腹の虫が鳴いてやすよ」
とひとつ、冗談を利かせてみた。返事はない。完全に空振りをくらい、黙々と作業を続けてみるがどうも妙だ。野太い旋律も入った頃、例年であれば山車(だし)が付近を運行しているはずだ。が、周囲の気配が背中越しにも静かすぎる。姐さんの笛の妙技にあがる感嘆の溜息なら納得はいくが、この静けさは明らかに不気味だ。しびれを切らしたあっしは風鈴を外し、金の竹簾(たけすだれ)をあしらえた山車(だし)の方に振り返ってみた。中で畳御座(たたみござ)に座し、神楽笛(かぐらぶえ)を奏でるうつむいた女の影は、簾(すだれ)ごしでも視認できるのだが。「どうしたんですかい、元さん?」と繰り返すが、団扇(うちわ)を持った元さんは震え、不遜(ふそん)な渡したちですら言葉を失くしているようだ。道端には腰を抜かしわななく宿主すらいる。
「ひ、ひ、引き手がいねえ…。お車が勝手に」
 元さんの指先を見たあっしも、二の句が告げず手から風鈴が滑った。山車(だし)の引き手が誰一人としていないにも関わらず、きいきいと車輪は回り、地面に轍(わだち)をしっかりと刻み進んでいるのだ。笛から口を外しゆるりと立ち上がった女は、袴(はかま)の衣擦れの音を伴い、ぬばたまの髪を肩から垂らした。
『ひと~をし、ひと~ののぞめしきみをとて』
 抑揚のない女の謡(うた)いが響き、叩かれていた太鼓の音が止む。重々しく紡がれる謡は、姐さんの声ではなかった。
『てんは~御座(みざ)におわしませ~。てんは~天座(あまざ)におわしませ~』
山車(だし)は色を失ったあっし達の前で止まり、中からはしゃらんと鈴の音が突き抜ける。
「だめよ坊や、中から出しちゃ!」
 悲壮な声は素足で山車(だし)の後を追う、蹴つまづきかけた静姐さんのものだった。流麗な巫女姿ではなく、袴(はかま)は膝上くらいで引き破り、篝火(かがりび)から跳ねる火の粉に照らされた顔は、遠目から見ても蒼白に近い。姐さんが叫ぶのと、女がにたりと唇を横に引いた時は同じだった。前板からしなやかな御足(みあし)が伸び、女は薄衣(うすぎぬ)を頭から被ったまま轅(ながえ)に移った。かと思うと軽やかに、ひらりと片足で棟の屋根に飛び乗る。この坎(かん)の狭世(はざよ)でも、高さを誇る山車(だし)だというのに。車体を傾かせず信じがたい身軽さで、女は屋根の上に片膝をついた。そして平坦に、だがはっきりと、暗い空を見上げて言い放った。
『てんは、おわじ』
 押し黙り、衣を高々と天に放る。舞いながら落ちる、透けた衣から見えた顔は――御方(おんかた)
『おわすならば、とくとご照覧になるがよい!』
 怒号が地上に響き渡ったかと思うと、女の顎は大きく前に反(そ)り、口は耳まで裂け太く鋭い牙がはみ出していた。張り裂けた衣からは、四足(よつあし)の引き締まった体躯が顕現し、標的を仕留める硬い爪と逆立つ銀の荒々しい毛並み。そして、ふさふさとした立派な七尾(ななお)が瞬時に突き出る。つんざく咆哮(ほうこう)が呼び起こした烈風は、追いかけてきた姐さんの後方に放たれた。剛風(ごうふう)の余波を背中から浴び、姐さんが横倒しに体を打ちつけて転がる。
『下賎(げせん)の身で、我に一度ならずはむかおうなぞ。忌々(いまいま)しい族(やから)めらが』
倒れた姐さんの後ろに染み付いた褐色の泥は、後を追ってきた四足(よつあし)の卑族(ひぞく)たちが、風圧で潰された残骸だった。
 山車(だし)を踏み潰した狼神は、ずずんと地に飛来し、辺りに砂礫(されき)を巻き上げる。本来の体高を目の当たりにしてみれば、人外そのものだった。首を直角に見上げ、ようやく下顎が映るほどの身の丈は、人間の四倍近く裕にある。七尾のひとつに炎を纏(まと)い、原形すらない卑族(ひぞく)の残りを、容赦なく焼き尽くした。蒸散する液体からは、異臭を越えて吐き気をもよおす激臭が立つ。突然の金切り声を上げ、宿主の女はその場で失神した。平和に浸(ひた)り切った烏合(うごう)の衆には強すぎる刺激で、恐怖に笑い出す者や失禁する者まで出る。渡したちは長刀(なぎなた)を薙(な)ごうとするが、狼神が身にまとう旋風(つむじ)に押され、足を踏み出すことすらできてはいない。あっしはよろめく姐さんや、腰を打ちつけて転がった元さんに手を貸していた。
 太鼓を叩いていた男衆(やんしゅ)は飛ばされ、竿灯(かんとう)や篝火(かがりび)がなぎ倒された河岸は変わり果てていた。だがこれほどの衝撃を受けても、天の見取り図は揺れることすらない。異変に気付いた東西の番人も、網沿いに駆付けはするが、目をむいて言葉を失ってしまう。当然の反応ではあるが。河から上がった渡したちも長刀(なぎなた)を構えて硬直し、突然の状況に順応し切れているとはいえない。姐さんは山車(だし)へ乗り込む時にでも、意表を突かれたのであろう。瓦礫(がれき)となった山車(だし)の内壁には、急ぎで施(ほどこ)したらしい封じ符が引き裂かれて残っていた。
『この程度のあつらえ呪符が、我に効くと思うてか。ちょこざいな小娘が』
 首を屈めて少しばかり鼻息を荒げただけというのに、近くの大気が痛いほどに張りつめる。振動する気に、構えをとった姐さんの表情が歪んだ。腰を抜かした元さんが後ずさりながら、震える唇でようやくこれだけを口にする。
「これが毎日来なさってた、あの御仁(ごじん)なのか?」
 あっしにも、目線で頷く余裕しかなかった。盲(めし)いた眼(まなこ)であろうと、眼下を睥睨(へいげい)する迫力を余りもつ真の姿。この御方(おんかた)こそ、巫覡気(みこけ)を持つ者と渡し守にしか、魂を見抜くことのできなかった……二位(ふたい)の神が一人。眼前に降り立つ姿は、何人たりとも見違(みたが)えることなき神格の姿だ。
 渡しの頭(かしら)が払いの什宝(じゅうほう)を手に取り、包囲した輪から狼神に向かい進み出る。
『ほう、渡しよ。またしても、我を払おうとするか』
(かしら)の緊張の走った顔からは、傲岸(ごうがん)さが消え失せていた。頭巾(ずきん)をとった額から幾筋もの汗が流れ、背中からも滲んでいる。頭(かしら)は、潰された両眼を見て告げた。
「貴方様こそ、神眼(しんがん)はどうされた? 神格(しんかく)を落としたならば神籍(しんせき)を残されていようとも、今の貴方様に什宝(じゅうほう)を用いずともよいはず。これは、かつて神格(しんかく)をお持ちであられた貴方様に対する、我らの誠意なのですよ」
 紫紺の神眼(しんがん)こそが神格(しんかく)の証(あかし)。神籍(しんせき)に名を連ねていようとも、神眼(しんがん)を失った時点で降位(こうい)の神(かみ)となり下がるのだ。横柄にも聞こえる立ち退きの忠言に、狼神は哄笑(こうしょう)をあげた。
『笑止な。汝(うぬ)らまさか、我がいつまでも神籍(しんせき)にある降位(こうい)の神(かみ)と思(おも)うてか? 確かに今はまだ降位(こうい)とも呼べるが、それとて時の問題よ。神籍(しんせき)の管理も画一化しておらんとは、天もずさんよな』
「な、天の批判をされるなぞ。いくら二位(ふたい)の貴方様であれ、不敬がすぎますぞ」
 天への非難に対し、渡しのどよめきが起こる。が、それも束の間。続いていた地鳴りがぴたりと止み、風が凪いだ。来る。それは直感だった。得体の知れない大きな歪(ひずみ)が、地中をすさまじい速さで波打つのが分かる。避難の遅れている宿主たちに、伏せるよう指示を出す暇もなく、大地は激しく揺れて絶叫をあげた。
激しく跳ね上がった地盤に手をつき、何とか膝を立てる。磐石(ばんじゃく)だった岩盤は隆起し、立っていることすら難しかった。亀裂から石碑にも似た黒色(こくしょく)の岩がぼこぼこと生え、後ろ手に避けた元さんの股の間からも、無骨だが鋭い先端が突き出している。
『もう遅い。時は既に満ちたわ』
 姐さんと宿場で聞いた時も、狼神は同じことを口にした。
 岩盤の奥深くに刻まれた不可視の文字に、あっしは自分の目を疑った。
狭世(はざよ)に来てからこの世界を解明しようと、書蔵殿から手当りしだいに古文書を漁った時期がある。書物には物理的に常人(じょうじん)の目に触れることはできず、解読不能な文字であると記されていた。その文字こそは、神の呪言(じゅごん)。そのうえ岩盤から漂う気配は、濃縮された神気(しんき)そのものだ。姐さんも呪言(じゅごん)に気付いたらしく、呪を唱え両手を前で打ち鳴らした。びっしりと穿たれた文字は光を放ち、呪言(じゅごん)が表面に発現する。しかし、この禍々(まがまが)しさは何なのだ。
 おそるおそる文字を指でなぞった、姐さんは愕然とこぼした。
「そんな……天(てん)の石室(せきしつ)が、どうしてここに」
「馬鹿なことをぬかすな。天(てん)の石室(せきしつ)は刻まれた神籍(しんせき)ごと、悠久(ゆうきゅう)の昔に砕け散ったのだぞ。破片を十一の徒(と)に移された残りは、天自らが厳重に保管されているはず。その壁石が、こんな処にあるわけがなかろう。あっては……」
 どよめく渡しや番人達を収拾しようと、叱責(しっせき)を飛ばす頭(かしら)自身も明らかに狼狽(ろうばい)していた。天(てん)の石室(せきしつ)とは、開闢(かいびゃく)の史書を読んだ狭世(はざよ)の管理者であれば、誰もが聞き知る宝物(ほうもつ)だ。それが身近にあると聞かされれば、驚きもひとしおといえる。狼神は声をくぐめ、さぞ滑稽(こっけい)な芝居を見るかのように低く笑った。
『よもやとは思うとったが、真実を知らぬとわな。渡しは天の傀儡(かいらい)を越え、妄信が過ぎた道化で、番人どもは知欲すら捨てた、度し難い存在よ。我が御霊(みたま)送りの時節に汝(うぬ)らの干渉を甘受し、目的もなく歩くと思うてか。全ては神の御息(みいき)をもって、呪言(じゅごん)を穿って回るため』
 渡したちは落胆に力が抜け、頭(かしら)を始めがくりと膝を落としてしまった。
「そんな、なぜ天は我らにも告げられぬ。天は我らを見放されたというのか」
 発覚した事実より、渡しにとっては疑心暗鬼に陥る方が早いらしい。天の信頼が見えなくなっただけで、こうも単純に脆くなれるなど。
『汝(うぬ)らが崇(あが)める天とは、どんなに献身しようがその程度のものよ。砕け散った石室は、幾つかの狭世(はざよ)に飛散しておるわ。そのひとつが、この坎(かん)
 天は狭世(はざよ)の信用を得るに及ばない存在と、狼神の語調はあくまで否定的に響く。その裏にある、重い絶望すらも匂わせて。あっしは尋ねた。
「御方(おんかた)。貴方様は坎(かん)の世で、何をなさろうというのです? よもや、人を滅ぼしに来なさったわけじゃありやせんでしょうに」 
『讒言(ざんげん)を吐くな。小僧、人の生死なぞ些末(さまつ)なことに我が興味を持つと思うてか』
「でしょうや。ならば撤回し、換言いたしやす。……それは、天への造反ですかい?」
 掌に汗を握ったあっしの頭上で、狼神はしばし黙し、見合った瞳を細く引き絞る。そしてぐぐりとせり出した口から、青い火を細く吹き出し、暗雲の空を見上げて息を吸い込んだ。
耳をつんざく咆哮(ほうこう)が磁場を放ち、広い空をどこまでも震わせた。
『我の望みはただ一つ。定められし秩(ちつ)に未曾有(みぞう)の混乱を招き、天を引きずり出すことよ』
 宿場の上空が胎動し、渦巻いた雲の隙間から見張り鳥がばたばたと落ちた。岩盤に刻まれた文字が光るとき、時は満ち、圧しかかる層雲が晴れるとそれは現れた。開かれた空から旋回する、光源の大群。裂け目から突入を開始したのは、狼神が呼んだ光の狼。旋風(つむじ)を身に従えて飛空する群れは、三迭と同じ、使役の眷族(けんぞく)たちだった。



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