風評通いの末路(1)

 風評小屋から神官宿舎のまえを通って墓地へ至る一本道を、セキヤと歌うたいは懸命に走った。セキヤにすれば、全速力ではない。しかし、いくら知恵が回るといっても子供に過ぎない相棒を、目の届かない場所で待たせるのは不安だった。来るときはゆったり歩いた道が、異常なほどに長い。あせっては全力をしぼり、振り返っては小走りになりを繰り返してようやく墓地にたどりついたときには、脇腹の痛みで体を折り曲げるはめだ。
「どうして走るとお腹が痛くなるの? 痛くなかったらもっと走れるのに」
 いつになく情けない調子で、歌うたいが尋ねた。
「知るかよ! オイラだって同じこと考えてんだい」
 あえぎながら門の向こうへ目をやると、なにやら墓所に人だかりがある。
(葬式か?)
 参列者の数がばかに多い。不思議に思ってとっくり見たが、野良着や普段着をひっかけた町人まちびとが漫然とたむろしているように見えた。
(どっかの名士が死んだんなら、もっと身なりのいい奴がいるはずなんだが)
 腹をなでなで考えていると、雑草を踏み散らして男がわめいた。
「どうなってるんだ全く! ここんとこ不幸続きだぞ!」
 すかさず応じたのは中年女の声だ。
「よそ者が流れこんでるせいだよ。行商や芸人に混じって、泥棒や人殺しがどしどし入ってきてるのさ。嫌だねえ、全く」
 セキヤたちは門をくぐって墓所に入り、目を見張った。
 祈りを捧げている者は一人もない。めいめいに群がり、あるいは横道へ出て、つまさき立ちで林の沼のほうを見つめている。
 歌うたいの姿が見えなくなった。体の小さいことを利用してすき間をかいくぐり、野次馬の先頭に出たのだろうか。
「なにがあったんだ?」
 すぐそばの男に問いかけたが、聞こえないようだ。口を開けたまま、空へ向かって熱心に伸びあがっている。
 ――と、野次馬たちがざわついて、町番兵の傲岸ごうがんな声がとどろいた。
「どけどけ! 邪魔だぞお前ら!」
「道をあけろ!」
 セキヤはあわてて前へ出ようとした。人ごみをぬけるのが想像以上にきつい。もみくちゃにされて手間どっていると、歌うたいが鋭く呼んだ。
「セキヤ!」
「どうしたんだ?」
 声をはりあげて尋ね返したが、返事がない。
「おい、歌うたい!」
 左手からガラガラと音が響いてきた。
(荷車の音だ)
 懸命に首をのばしたが、何が積まれているのか分からない。あちらこちらで、
「ああ」
 と、喚声ともつかないうめきがあがっている。
「一体なんだ?」
 セキヤは人垣ひとがきのなかを泳いだ。左へ行こうとすると前の者も左へ動き、右へ逃れようとすると全体が右に流れて行く手をふさがれる。あともどりしてすきを見つけようとすると、逆に押されてつんのめった。歌うたいが魔物の声で叫んだのは、そのときだ。
「大変!」
「うわっ!」
 野次馬たちの首が、肩を目がけていっせいに引っこんだ。
 セキヤも例外ではない。あわてて耳の穴に指をつっこむと、歯を食いしばった。
「大変! 大変! 大変!」
 かん高い響きがたて続けにあたりを打つ。締めつけられるような苦しさに耐えながら、セキヤは人の動きが止まったところを見極めた。荷車までの空間がうまい具合にあいている。いちばん見たいはずのその場所に背を向けて、逃げるような格好をしたまま野次馬が凍りついているのだ。
(あそこか!)