小屋口上こやこうじょう(2)

「ありますともさ、お客さん。町番の検分によると、五つの亡骸はいちど埋葬されたあと、わざわざ掘り起こされたものだというではありませんか」
「なんだって? いちど埋められたもんだって?」
「塔に刺さった体には、遺体袋に入れられたあとがあるのです」
「もしや灰砂まみれだったのか?」
 気がつくと胸ぐらを掴まんばかりにつめ寄っていた。遺体袋に香木の灰と白砂を詰めるのは、この地方の風習だ。棺を買えない貧乏人か、まともな死に方をしなかった者の埋葬法である。
「町番から直接聞いてきたんだ、間違いないよ」
 小屋口上は自信たっぷりにうなずいてから、商売口調に戻った。
「混乱に次ぐ混乱、怪異に次ぐ怪異、さしもの町番兵も深いうめきを漏らしました。ゆいいつ分かったことと言えば、腕の焼き印がシムブレク領一番牢のものだということです。一番牢は川をはさんで半日足らず。隣の領と言えど、この小屋からもそう遠くはありません。酔っぱらいにヤクザ者、借金だらけのバクチ打ちが、入っては出る、出ては入るを繰り返す、小さな牢獄であります。五人の男がなにがしかの悪さにより焼き印を押されたのは疑いもないことですが、さて何をしでかしたのでありましょうか? 我々もお調べを待つばかりの、じれったい身であります。何か分かりましたら鳩の翼に乗せていち早くお知らせいたしますので、どうか次回もごひいきに願います」
 余韻たっぷりに語り終えると、小屋口上は腕を振りあげ、おおげさな礼をして見せた。
 歌うたいが夢中のようすで手を打ち鳴らしはじめた。
「面白かったかい?」
 歯を見せて笑う口上に向かい、
「うん、うん!」
 と、いつになく熱を帯びたはしゃぎっぷりだ。呆気にとられていると、口上はセキヤにも人なつこい顔を向けた。
「気に入ってくれた?」
 その一言で、セキヤは我に返った。
「ああ、ホントびっくりしたよ! こんな調子のいい語りを聞いたのは初めてだい。それにこの事件の薄っ気味の悪いことといったらないよ。ゾーッとしたねえ」
 なにげなくの世辞だった。が、田舎の旅人風に感心したのがいたく気に入ったらしい。口上はすっかり喜んで、ますます饒舌じょうぜつになった。
「そうだろう、そうだろう? この小屋は、百五十年前に起こった霜の月の戦いのときから鳩を飼ってるんだからねえ。風評の早さ、正しさには自信があるし、口上にも磨きがかかってる!」
「ああ、やっぱり! もとを正せば戦御用いくさごようの鳩なんだ。伝書のなかでも選りぬきってことだよね?」
「もちろんだよ。あいつらは空の戦士の流れを汲んでるんだ。こんな風評小屋にはもったいないほど血筋がいい。産まれたタマゴを王様の鳩舎に献上したことだってあるんだからね」
「そりゃすごいや。伝書は血統が良くないとダメだからなあ」
 感心して手を叩くと、口上の目つきが変わった。
「なんで鳩に詳しいんだい?」
「え?」
 思わず口ごもった。
「そりゃその、むかし住んでたとこに御用鳩の小屋があって。鳩爺はとじいってあだ名のへんくつ親爺が、自慢しながら話してたんだよ」
「ふうん」
 口上は真顔になってジロジロ見た。セキヤは顔が緊張するのを感じた。足もとに落ちてきた青い鳩が、リマとの馴れ初めになったことを思い出したのだ。鳩糞の臭いが染みついた老人と仲良くしたのも、恋人に頼られたいばかりだった。
 口上は少しのあいだ考えごとをしていたが、やがて満面の笑みになって顔をあげた。
「ね、お客さん。旅慣れたような感じだけれども、あちこちで面白い風評を聞いたりするんだろう? ここへ来るまでにどんなうわさを聞いたんだい?」
「ここの事件にくらべたら、どれもゴミみたいなもんだよ。追いはぎが出たとか食い逃げが出たとか」
「それから?」
「エ、それからって」
 語りで鍛えられた発止はっしとした物言いに、セキヤはたじたじとなった。そのようすを認めると、小屋口上は迫るようにして近づいた。大きく輝く目の色には抜け目がない。小指の爪で突いたようなしわが二、三本見える。中年と言うには早いが、初めの印象よりずっと年上なのかも知れない。人なつこさも半分くらいは演技のようだ。
「外領や外国のようすなんか、どうだった? ネタによっては昼メシ代くらい稼がしてやるよ」
「メシ代になるのかあ?」
 思わず間のぬけた声になる。
「なるともさ。そのせいで、おかしなネタをしょっちゅう持ちこむまれるよ。聞くにたえない作り話を、俺たちのマネをしながら得々と語る奴までいる。メシ代よりも、てめえの作ったホラ話がウケるところを見たいんだろうなあ? けど、そういう奴のなわばりってのは家と仕事場、いつもの酒場にいつもの女郎屋、ことのついでに風評小屋と相場が決まってるんだ。たまには本物の旅人の話が聞きたいねえ」
 ハッと胸の突かれる思いがして、セキヤは向き直った。墓守男は口上をそらんじるほどの風評好きだ。もしやニセ町番の捕り物話を持ちこんでこなかっただろうか?
「あのう、もしかしたら」
 と言いかけたとき、知らずにつばを飲んでいた。
「ニセの町番兵の話なんかは、もう聞いたのかい?」
 小屋口上は聞いたとたんに顔をしかめた。
「ああ、ありゃダメだ! どうにもならんデタラメだよ。いくら屈強だからって、墓堀りスコップ振り回して五人も仕留められるかい。向こうは剣を持ってたってんだぞ? ばかばかしいにもほどがある! 嘘ならもっとましなのをつけってんだ」
 歌うたいの顔がふっと曇って、不安げになった。
「だけどね、口上さん。口上さんは死体事件の話を聞きに、町番詰め所へ行ったんだよね? そのときニセの町番兵がほんとに捕まったって、聞かなかったの?」
 口上は目を見開いていきなり声を太くした。
「念のために聞いたともさ! そんなばかな話があるかって、笑われたよ。とって返して墓守り親爺にそう言ったら、
『ニセ者は途中で会った外回りの町番に引き渡したから、まだ詰め所に届いてないんだろう』
 だってさ。
『それとも町番兵が知らないフリをするってことは、きっとすごい大ネタなんだ』
 なあんて言って、いつもはいいお客さんなんだけどなあ」
 セキヤと歌うたいは顔を見合わせた。
「どうしたんだい? もしかしてお二人さん、本気にしていたのかい? おおかた親爺に担がれたんだよ。残念だったねえ」
 だけど許してやってくれよ、あの親爺はほんとうは人がいいんだ、ただちょっと調子に乗ったんだなと、小屋口上は機嫌よくしゃべり続けた。
 景気よいその声その姿がすっと遠のくのを感じながら、セキヤは青ざめた。
(ニセ者を捕まえたのは、二日まえの夜だ!)
 町番への引き渡しがいつだったかは知らないが、きのう目覚めたときすでに終わっていたことは確かだ。『まだ詰め所に届いてない』など、いくらなんでもあり得ない。
(ニセ者を引き取った外回りてのは、なんなんだ? 金袋のひとつも掴まされて、釈放したのか?)
 墓守にとって、風評小屋は無類の楽しみだった。命に係る危機のあと、皆の聞き入るこの場所で町の英傑とうたわれる。さぞかし熱い期待がふくれあがったに違いない。
 それなのに、一夜明けると証拠も証人も消え果てて、さんざんひいきにしてやった小屋口上の嘲笑まで買ったのだ。
(心外に思っただんなが、この一件をあたり構わず吹聴したらどうなる!)
 暗示が利いているから、セキヤたちに助けられたことを口外はしないだろうが、ほら吹きとして笑われるだけで済むだろうか。
 セキヤは腰をかがめて歌うたいに囁いた。
「おい、だんなに会いに行くぞ。よけいなことを話さないように、しっかり言ってやらなきゃあ」
 黙りこくってうなずいた横顔は、歯を食いしばっていた。