小屋口上こやこうじょう(1)

 墓守が教えてくれた風評小屋は、宿屋と神官宿舎とのあいだにある。歌うたいがすっかり興奮して、
「あれ、あれ!」
 と、屋根にとまった青い鳩を指さした。
「脚になにかつけてるよ! あれ、手紙じゃないの? 伝書鳩?」
「へえ! ほんとに伝書鳩だ。この町は意外と金持ちなんだなあ」
 屋根の上の鳩小屋を見あげて、セキヤはつぶやいた。平屋に塔のような土台を乗せてしつらえられたそれは、水色に晴れた空にくっきりと浮かびあがっていた。
 風評というものは口から口へ伝えられるうち、どうしても尾ひれがついてしまうものだ。内容の確かさを保つために伝書鳩を飼っている風評小屋は、金に余裕がある。その余裕の出どころは情報に金払いを惜しまない気風――町自体の豊かさだ。
 そして、古くは戦に明け暮れた土地のあかしであり、新しくは交通・警備の要害地ということでもある。そこに気づくとセキヤは鼻の頭をなでた。
(来るときはぼんやり通ってきたけど、三つの領土が隣りあってて、ここらあたりは複雑な場所なんだ)
 ましてや敵の多い新領主、ヘクトールの行進街道に近いとなれば、外領との連絡が密になるのは当然だ。案外この小屋は公の御用に準ずる扱いを受けているのかも知れない。
 歌うたいがはしゃいで、
「早く入ろうよ!」
 と叫んでいた。風評小屋に入るのは初めてなのだろう。セキヤはうなずいて入り口の男に小銭を握らせ、中へ入った。ふと見あげると頭の上に、鳩の形をした青い看板がかかっている。よほど伝書が自慢なのだ。
 小屋の中は意外に広く明るかった。正面に見えるのは大きく厚い風評板だ。セキヤの故郷の物にくらべて、倍以上もあるだろうか。そこには尖塔に突き刺さった五つの亡骸の絵が描かれてあった。骨と化した顔が、目のうつろからゾロゾロと蛆虫を這い出させている。虫の行列が涙に見えるのは、描き手の意匠というものだろう。暗雲たれこめる空の中を引きちぎれたボロ布のようなカラスたちが飛び回り、亡骸の腕は食い荒らされて破れ袖からぬっと突き出していた。わずかに残った肉のうえには、丸十字に横線引きの焼き印が黒々としるされている。
(大げさに描くもんだなあ)
 セキヤは心につぶやいた。骨が見えるほどの腐乱はあからさまな嘘だ。
 しかし、おぞましげに描かれてはいるが実物のおぞましさには遠く及ばないその絵は、たかが風評板とは思えないほどに上品だった。余白に書かれた説明書きも、絵物語風に美しく工夫された文字だ。その洗練のされ方は、思わず見入ってしまうほどである。
「よっ、お客さん」
 小屋口上こやこうじょうの青年が、陽気に声をかけてきた。手のひらを上へ向け、ここに金を置いてくれと言わんばかりの笑みを投げている。
「百年に一度の大風評だ。特別にたっぷり語るよ。いま、人がいないだろう? ここらあたりじゃ、ちょうどお祈りの時間なんだ。いつもの値段で貸し切りだから、お得だよ」
 字は読めるからいいよと言いかけて、セキヤは食い入るように絵を見つめている歌うたいに気がついた。小屋の中では、板に書かれた文字を声に出して読んではいけないことになっている。口上の稼ぎを邪魔することになるからだ。あとで内容を教えてやることもできるが、自分だけで読むのは可哀想かも知れない。セキヤは口上の手のひらに小銭を乗せて、
「ひとつ頼むよ」
 と言った。
「承知承知!」
 小屋口上は嬉しそうにポケットにしまいこみ、胸をそらして語りはじめた。
鮮緑せんりょくの月、十五日。天高く五尖塔のそびえる神官宿舎は、明け方から異様な空気に飲みこまれておりました。初めにそのことに気づいたのは、町に住みつくカラスどもであります。ひじりの住みかにはありえぬ穢れの臭い、さては我らの出番かとありたけの卑しさをこめて鳴きかわす声は、宿舎を守る緑の中へ高く不気味にこだましたのでした……」
 特有の節回しを使った風評語りがはじまると、歌うたいの口がぽかんと開いたままふさがらなくなった。語りの内容は、風評好きの喜びそうな演出がたっぷり入っている。臨場感の出し方も凝りすぎるほどに凝っていたが、意外なことに、肝心かなめの部分には嘘が少ない。われさきに逃げ出してほとんどの者が見なかっただろうと思われる部分に差しかかると、その調子はいっそう高くなった。
「生前の面影残さぬ顔、顔、顔。転がり落ちる蛆虫ども。亡骸を地に横たえると、またもや奇っ怪なことがらが浮かびあがったのです」
 ――と。
 セキヤは釣りこまれて身を乗り出した。
「えっ、まだなんかあったのかい?」
 口上の目がニッと輝いた。