亡骸を求める者

 アヒムと一緒にやってきた男たちは、予定外の出演者であったらしい。町番服で歩いている姿をたまたま見かけて、
「本物の町番に知らされたくなければ、なにをやっているのか教えろ」
 と脅したのだそうだ。変装を見破られたとたんに計画性のない暴挙に出たのは、こちらの連中だった。
 アヒムが、
「殺された女は令嬢」
 などと口走ったのも、あせったあげくのつまずきに過ぎない。分かってみればバカな話だ。本人を起こして聞いてみると、
「“貴族を演じる華やかなペテン師ファミリー”の印象が、あんまり強かったから」
 というのだった。
 ニセ町番との対話をすべておえると、セキヤはぐったりと座りこんだ。力を使いすぎた。最後に残った重要人物、墓守男からも事情を聞かなければならないのだが、体も心も全くいうことを聞かなかった。
 歌うたいがそばへ寄ってのぞきこんだ。
「だいじょうぶ?」
「疲れたよ」
 頭の芯がしびれたように重かった。一方的に命令するくらいならどうということはないのだが、相手を術にかけたまま数時間にわたって複雑な問答を続けるのは至難のわざだ。必要に迫られてやってはみたが、これ以上は無理だった。
 動くこともできずにいると、歌うたいの眉が生き物のようにヒクヒクとした。
「ね、セキヤ。墓守のおじさんとは普通に話さない?」
「ええ?」
 こめかみに指をあてながらセキヤは聞き返した。他意はなかったのだが自分でも驚くほどに声音が不機嫌だった。
「セキヤは恩人なんだから」
 急に言われても考えがまとまらない。この状態だと、回復までにはまる一日かかるだろう。
 墓守の握っている情報で重要と思われるのは、ヤンの人相と、ヤンを襲った男たちについてだ。こんな目にあったあとだから、いくら恩人が相手でも心を開いてくるとは限らないが、夜明けは迫っている。場所が場所だけに、人も家もめったにない場所ではある。が、すすだらけになった小屋と、意識を失ったニセ町番に墓守男――これだけの異変を町人まちびとに知られるのはまずかった。
 そこまで考えが進んだとき、すうっと意識が遠のいた。どのくらいの時間かは分からないが、頭を抱えこんだまま寝たらしい。怒ったようなうなり声とともに肩を強く突かれるまでは、幸せだった。
「セキヤったら、起きなよ!」
 まぶたを開けると、いきなり視界いっぱいに歌うたいが飛びこんできた。
「考えてると思ったら、寝てたの?」
 非難じみた調子だ。思わずカッとなって、肩を突き返した。
「なんにもしないガキが偉そうに言ってんじゃねえや」
「寝てると夜が明けちゃうよ」
 頭のてっぺんにげんこつをくれてやってから、セキヤはのろのろと立ちあがった。しゃくにはさわるが、生意気な子供の意見をいれるしかない。墓守は魔力から解放することにしよう。

 墓守を起こしたあと、小屋から離れた切り株に腰をおろし、月明かりの中で見ると、全員のひどいようすがあらためて分かった。墓守は二人をまじまじと見くらべていたが、とつぜんに笑った。
「こりゃあひどい顔だ! どこの誰か知らんが、この顔に感謝するよ」
 捕らわれていたときには見る影もなくおどおどしていたのだが、思いのほか立ち直りが早い。歌うたいの顔を両手ではさんでぐりぐりんで、ついでのように軽く小突いた。
「こんなチビに助けられるとはなあ」
 歌うたいは頭をふってむくれた。
「チビじゃない」
「ならせだな」
「痩せでもない」
「ワハハハハ!」
 急激な緊張から解放されたせいだろうか。豪快なはずの笑い声が作り物めいて聞こえる。
 セキヤは右腕をなでおろしてから、ゆっくりと口を切った。
「なあ墓守のだんな、一体あいつらなんなんだい? どう見ても本物の町番には見えねえんだけどな」
 墓守男は、
「おう」
 と返事をしてから、はたと向き直った。
「あれ? おまえ、昼間のマジリじゃないか」
「まあね。あの連中、どう見ても変だったしさ。ちょっと思うところがあって助けに来たんだ」
「なんだそりやあ! 気づいてたんなら、その足で町番小屋にかけこんでくれりゃ良かったのによ」
「ウーン、ごめんよ。オイラちょっと、町番兵とは顔を合わせられない身の上でさ。マジリの性分で、ついケチないたずらをやっちまって」
「マジリの性分で、つい助けたってわけかよ。いやあ、さすがだなあ!」
 墓守はうすれかけた月に向かって豪快に笑った。その振動で、舌の上に溶け残った飴のように、月がくずれるのではないかと思ったほどだ。この男が相手なら、必要以上の策を弄することもないだろう。セキヤはほっとした。
「なあなあ、だんな。あいつら一体どんなふうにしてやって来たんだい」
 墓守は考えこむように空を見あげた。
「そうだなあ。最初の事件があったのは、洪水で死んだ連中の弔いがあった、三、四日あとだったかな。なんだかよく分からないんだが、墓を掘り返せと言ってきた奴らがいるんだ」
 危うく飛びあがりそうになった。かいた汗が急激に冷えて、服の下でうねった。アヒムたちは墓をあばかなかったと聞いて、安心していたからだ。
「え、墓を? それ、どんな奴?」
 身震いは抑えたものの、わずかに動揺が出ている。その連中のなかに、万一リュースを知っている者があったら、なにかの加減で見破られないとも限らなかった。
「こぎれいな服を着た五人組の男だったさ。町人まちびとふうにしていたんだが、うさんくさい連中でな」
「墓をあばけだなんて、穏やかじゃないなあ。なんでそんなことを」
「なんだかその中に、物盗りにやられた金持ち娘がいたとか言うんだよ。それが知り合いかどうか、娘と一緒だった連中が洪水の死体にまぎれてないか、確認したいってよ」
 顔色が変わるのが分かった。身代わり死体をまかせたあの役人は、そんなことを言っていなかったはずだ。
「お、どうした? 急に黙りこくって」
「いや、だってさ。おっかないじゃないか、そんな話。掘り返せば土左衛門だって出てくるんだろう?」
 墓守はひざをたたいた。
「ははあ。さてはおまえ、あの洪水でまともに見ちまったな? あと片付けの手伝いをしたって、あのとき言ってたもんなあ」
 つばを飲んでうなずく。出番のない歌うたいが、袖をつかんでつまらなそうに見あげていた。
「だけどその娘は、ちゃんと身元が分かってるんだ。商人の娘でよ。父親が物見遊山に連れ回しているときにさらわれて、財布をとられてポイだとさ。あのあふれた河に投げこまれてな」
「ひどい話だ」
 それでと言いかけて、のどがからからになっているのに気づいた。
「墓守のだんなは、その怪しい連中に墓を掘らせたのかい?」
「冗談じゃない! 掘らせたりしねえよう」
「断ったら、向こうは怒ったんじゃないの?」
「いやあ、納得して帰ろうとしたさ。だけど本当にことが起こったのは、そのあとなんだ」
 黙っていることに我慢できなくなったのか、歌うたいが口を挿んだ。
「ニセ物の町番が来たの?」
「違う違う、あいつらの出番はもっとあとだ。ちょうどそこへ、娘の父親がお供をつれて墓参りにきたんだよ。五人組の顔を見たらお供の護衛が真っ青になってな、主人を引っぱっていきなり林へ逃げこむじゃねえか。そうしたら五人組の野郎が、急に刃物を出してきてよ」
「あとを追いかけて行ったのか?」
「ああ、そうだ。あいつら牢にぶちこまれてたことのある奴だぜ。袖がめくれたときにチラッと見えたんだが、手首に罪人の焼きごてが押してあったよ。丸に十字、その下に横線を一本たしたような格好の」
「丸十字に横線びきって、ここの土地のやつかい?」
 セキヤは尋ねた。焼き印の文様を見れば、どこで前科をはたらいたか分かるはずだ。
 墓守は首を振った。
「いや、違うな」
 セキヤは歌うたいを見た。
「アノイのだと思うか?」
 歌うたいも首を振った。
「アノイの焼き印は、丸の中に黒い三角だから」
「せっかく見えたのに、そこが分からないなんて惜しいな」
 首をひねっていると、歌うたいはせかすように尋ねた。
「それでおじさん、追いかけられた商人のひとは、どうなったの?」
「林のなかから『人殺し、人殺し、こいつらが娘をさらった盗賊団だ! 早く捕まえてくれ』って叫ぶ声がしたな。俺ぁ慌てて走ったよ」
 セキヤは唸った。
「そのあとがもう、大変だったさ。町番がかけずりまわって護衛の死体を見つけてきてよう。どうやら奴は、五人を相手に応戦したらしいな。だけどあんな多勢に無勢でどうしろってんだ? 見つけたときにはずたぼろで、金目のものは根こそぎ盗られてたとさ」
「墓は荒らされなかった?」
「そこで呑気に穴掘りしたら、町番に捕まっちまう」
「そのあと、墓や商人たちについてなにか言ってきた奴がいるかい?」
 墓守は地面に倒れている男たちをあごでしゃくった。
「もちろんあいつらさ。いきなりなだれこんできたと思ったら、『逃げた商人の人相を教えろ』と言いやがる。俺ぁ『逃げた賊の人相を聞くなら分かるが、なんで商人のほうなんだ?』って、聞いてみたさ。『町番が来るってことは、あの商人の訴えがあったからだろう。顔を知らないわけはねえ。だいいちその格好はなんだ? よれよれ服に、つけ足しみたいな紋章つけてよ』って言ったら、いきなり縛りあげられてな。墓参りの連中を捕まえてきて、『逃げた野郎はこいつか』とほざいたってわけさ。あげくの果てにひとを人殺し呼ばわりしやがって」
 墓守は乱暴にツバを吐いた。
 黙ってうなずきながらセキヤは失笑した。ヤンが本物の貴族か商人ならば、すぐさま護衛を弔いに来るだろう。しかし内情を知っている者から見れば、絶対にあり得ない話だ。
 アヒムはとつぜん横から刺さりこんで分け前を要求した仲間に、半端な情報しか与えなかったのだ。それが今度の茶番を引き起こし、セキヤを手がかりに近づけた。ヤンが決して戻ってこないと知っていたら、必要なことをさっさと聞きだして墓守を殺していたかもしれない。

 闇の色がほんの少しだけ柔らかくなった。墓守はぐっとのびをすると、立ち上がって腰を伸ばした。
「それはそうと、あんたたちひどい格好だなあ。もしよければ、お礼の代わりに上着のひとつも貸してやろうか?」
 セキヤはウーンと言った。
「小屋の中まで真っ黒にしちまったかも知れねえよ。タンスの中まで汚れたかも」
「なら、古着屋から調達すりゃいいだろう」
 セキヤは黒ずんで石ころのようになっている歌うたいを見下ろしながら、
「そうだなあ」
 と答えた。次に聞くべきことをあれこれ考えたあと、なにげなく視線を戻そうとすると地面がゆれた。
「うわ、なんだ?」
 軽く頭を振ってみる。――と、とつぜん耳のうえから脳天にかけて、殴られたような痛みがガンと走りぬけていった。
「痛っ……!」
 思わずつむった目の中で、青と金のゆがんだ火花がぐにゃぐにゃと弾けては消える。
(まずいぞこれは!)
 地面がゆれたのではない。自分の体がゆれていたのだ。必死になって足をふんばったが、次の瞬間、手のひらに草を握っていた。
「セキヤっ!」
 歌うたいの声がかん高く響く。たて続けに墓守の駆け寄ってくる気配がした。
 セキヤは懸命に目をこらした。世界のすべてが黒い霧の帯をまとって、虫に食われたように欠けて見える。
「助けてくれ」
 やっとのことでうめくと、墓守男の驚いたような顔が迫ってきた。