一石三鳥の罠(1)

 すべての厄介者がおとなしくなると、セキヤは倒れている男たちの顔を順に検分していった。てはじめは、町番頭まちばんがしらの振りでいちばん偉そうにふるまっていた男だ。
(あいつなら、ほとんどの情報を握っているだろうしな)
 かしらをきどっていたのは、最後に飛び出してきた男だった。セキヤはしゃがみ込んだまま他の男たちへ振り向いて、ゆるゆる口を切っていった。
「なあ、その他大勢のエセ番兵さんよ。そこにバケツがあるだろう? いいコだから小屋のまわりに散らばってる燃えがらをかき集めて、近くの池に投げこんでおいで。急いでやるんだよ、いいね?」
 火が消えたあとも煙は昇り続けている。いくら夜闇だといっても、いつ異変に気づかれないとも分からない。男たちは意味不明のうなり声をあげていたが、あきらめたように立ちあがって煙だらけのそばへ寄っていった。
 歌うたいは疲れたらしい。地面に座りこんで、さきほどから口を利かなかった。一声かけてやろうかとも思ったが、口を開いてからやめた。
 仕事はまだまだこれからだ。

 眠りをといてやると、ニセの町番頭は苦しそうにうめいて目を開けた。口が利けるようにしただけで、暗示そのものから解放したわけではない。
 慎重にてごたえを確認しながら、セキヤは声を低めた。
「しいっ! ビクビクするんじゃないよ」
 男は再びうめいた。緊張と恐怖から逃れられないのか、しきりに顔をしかめている。
「さあさあ。いいコだから気持ちを楽ゥにもって、落ち着いてごらん? オイラの聞くことに、これからようく答えるんだよ。そうすりゃひどい目にはあわせないんだから」
「助けてくれ」
「助けてやったじゃないか」
 男は頭をふった。
「息が苦しい。俺は本当に助かったのか?」
 雲間が切れてようやく現れた月明かりにさらすと、その顔はうっすら涙を浮かべていた。魔力の暗示にかかったせいで、いささか子供返りしている。
「もうだいじょうぶだよ」
 言って優しく背中を叩く。町番もどきは、
「ウン」
 とコックリして、ようやく可愛いらしいそぶりになった。
「兄さんの名前はなんていうんだい?」
「アヒム」
「アヒムかあ、いい名前だねえ。見たところ相当に学がありそうだけれども、さぞかしいい金持ちなんだろうねえ?」
 アヒムの咽が、こころなしかヒクと泣いたような気がした。
「金持ちなんかじゃあない。今じゃただの根無し草だ」
「没落したのかい?」
博打ばくちがたたって、親に追い出されたんだよ。ひどいじゃないか? 十六年間も自慢の息子をやってやったのに……」
 大の男がじわじわと涙声になっていった。このままでは際限のない身の上話になってしまう。不幸そうな前ふりで正直おしかったのだが、セキヤは慌ててさえぎった。
「そりゃあ可哀想にねえ! ……で、あんたは今、どうしてここにいるんだい? どうしてそんな服を着て、町番のふりなんかしてる?」
「金になるから」
「へえ、面白いじゃないか。その仕事がどんな風にやって来たのか、ひとつオイラに教えちゃくれないかい?」
 裏手のほうから、ガタンと物がひっくり返るような音が響いた。誰かが小さく叫んだところをみると、何かにつまづいたらしい。アヒムはぼんやり口を開けていたが、足音が去るとようやく口を開いていった。
「博打場にいたら、見かけない男に声をかけられたんだ。いい話があるから乗らないかって」
「どこの賭場とば
「兎の穴だよ」
「兎の穴?」
 オウム返しに聞くと、のろのろしていた口調が急にあざけるようになった。
「ダマー親爺の店だ、知ってるだろう?」
 口の両端がけいれんしたようにあがっている。セキヤは苦笑した。
「知らないねえ。ここからはどうやって行くんだい」
「街道ぞいに西へ半日……。シムブレクとの領境りょうざかいだよ」
「ああ、シムブレクの近くか」
 小さくうなずいて答える。ごく一部ではあるが、シムブレクはアノイともこの領地とも隣接しているのだ。
「それでその男は、どんな話をもちかけてきたんだい?」
「ヤンを探して連れてこいって」
「ヤンって誰だ?」
「知らない男。墓参りで殺された男の相棒だとか言ってた。つい最近まで貴族のふりをしたり商人のふりをしたりしてた奴だって。今はどんな格好をしてなんて名乗っているか、分からないって言ってた」
 リュースを襲った男のうち太ったほうを思い浮かべながら、セキヤはひとりごちた。
「あのハゲ親爺、ヤンっていうのか」
 それからアヒムのほうへ向き直った。
「そのときのことを、ようく思い出してごらん? いいコだからさ」

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