似非えせ尋問

 セキヤが連れて行かれたのは、林の奥の番小屋だった。本来は墓守りが住むところだ。
 乱暴に放り込まれて勢いよくテーブルにぶつかると、町番兵の格好をした者たちが、バラバラと出てきて取り囲んだ。立ちはだかったのは、さきほどのヒゲ面の男だ。
「そのスジのご用だ。正直に答えろ」
 町番もどきは全部で五人。後ろ手に縛られた男が、奥のいすに座らされているのが見える。のど首に剣を突きつけられて、死ぬほど震えていた。察するところ、これが番小屋のあるじ――墓守りなのだろう。
 セキヤの胸にも、抜き身の剣が突きつけられた。
「おまえは墓の中の女とどういう関係だ。言え!」
 どこから足がついたのだろう? なにで失敗したのだろう。動揺のあまり言葉を失うと、ヒゲ男があごでしゃくって墓守りに尋ねた。
「おい、こいつか」
 墓守りはつぶれたうめき声をあげると、ドンドンと足踏みをした。
「違うのか? こいつには見覚えがないか」
 足踏みの音がドンと響く。
「間違いないな」
 さらにもう一度、足が踏み鳴らされた。否なら二回、応なら一回と決められているのだ。囚われ人が余計なことをしゃべらないようにしているのだろう。
 セキヤはおそるおそる口を切った。
「あのう、町番さん。オイラはその、なんの疑いをかけられているんで」
「追いはぎと殺しの罪だ」
「エ、あの。こ、こ、殺しですか?」
 どもってしまったのは演技ではない。本当に虚を突かれたのだ。
「さる令嬢がだ。洪水のどさくさ紛れに、金目の物を盗られて河に投げ込まれた。その詮議せんぎをしている。分かったか」
「は、はい」
 どこの世の中に、殺した相手の墓へ参る追いはぎがいるのだろう。予想外の連続だ。
(口実にしても、あんまりじゃないか)
 そう思ったとたん、ぺちゃんこになっていた理性がふくらんでくるのを感じた。
 身代わりの女の遺体は、かたり一味の手によって商人の娘とされたはずだ。にもかからずこの男は、はっきり令嬢と言い切った。葬られた者の正体に見当があるのだろう。なにが起こっているのかは分からないが、ここは丸め込まれたふりをするのがよい。
「するってえと、そこで縛られているのは、追いはぎ野郎の一味なんですね? 女を殺すなんて、ひでえ奴だな」
 できるだけ間抜けに見えるよう気を配りながら、そろそろと探りを入れる。ヒゲ男はうむと言った。
「全くだ。だからこうしておいて、仲間が助けにくるのを待ちかまえていたのだ。来るとしたら、墓参りのふりをするに決まっているからな」
 と言いながら、男は上下に視線を走らせた。あらためてセキヤを値踏みしているのだろう。
「さっきの子供はどう見てもその辺の乞食芸人だったな。よそ者があんなものを連れて墓参りに来るとは、いかにも怪しい。それで『人目をごまかすために、子供連れのふりをしているのかも知れん』ということになったのだ。悪く思うな」
 うまくとりつくろったものだ。
「ははあ。ありゃあただの道案内ですが、そういうことでしたか」
 得心したようなあいづちを打ってから、セキヤはそっと唇をなめた。
(町番てえのは、もっともっといばり散らしてるもんだぜ)
 連行の理由など、「よそ者のマジリだから」で充分のはずだ。いわれのない罪で引っぱっておきながら、
「疑いが解けてありがたく思え」
 とたたき出すなぞ、なんとも思っていない連中だ。わざわざ納得のいく筋道を立てて見せるのは、でき過ぎだった。
(聞かれもしないことを先回りしてぺらぺらしゃべるのは、隠したいことがある証拠だぜ)
 それだけではない。無精・無頼を装ってはいるが、この男の物言いや筋立てには、どことなく教養の匂いがする。
 ひたすらぺこぺこしていると、ヒゲ男は和いだようすになった。
「どうやらお前は、こいつの仲間でなかったらしいな」
「そりゃあもう。オイラはケチな日銭かせぎだけれど、盗みだの殺しだの、そんなおっかないことはごめんですよ」
 小刻みに首を振ると、胸に当てられていた剣がすうっと引かれていった。
「ふん。マジリは魔法を使うわりには、バカのお人好しだからな。人殺し向きでもないと思ったが、念のためだったのだ」
「はあ。そりゃあ、どうも」
 セキヤは頭をかいた。
「それにしても町番さん、娘さんを殺されたおっ母さんなんか、そりゃもう悲しんだんでしょうねえ。ひょっとすると許嫁いいなずけなんかも、いたんじゃないですか? 一体どこの娘さんがやられたんです」
 男の顔が静かにこわばっていった。
「そんなことは知らんでいい」
「すごいお貴族さまの令嬢だったんで?」
「いいからもう行け。俺たちは世間話をするほど暇でははない」
 いったん緩みかけた雰囲気が、ビリビリと震えはじめた。セキヤは飛びあがって叫んだ。
「それじゃこれで! お役目ご苦労さんです」

 番小屋を出るや否や、セキヤは転がるように走り出した。
(どういうことなんだ!)
 混乱のあまり、道を間違えたことにも気づかなかったらしい。いつの間にか墓地とは反対の方へ走りこんでいる。町へ出るどころか、林の奥へ分け入ってしまったのだ。慌てて立ち止まると、名を呼ぶ者があった。
「セキヤ!」
 歌うたいの声だ。驚いてきょろきょろしていると、茂みの中から細い体が出てきた。バケツのような物を引きずって、息を切らしている。
「バカ! 逃げろと言っただろう」
 思わず叱りつけると、野犬のような目つきになった。
「助けに来たのに」
「お前みたいなチビになにができる」
「火をつけてやる」
 突きつけられたバケツの中身が、七色のしま模様になって、ぎらぎら光っている。土左衛門のように浮かんでいるのは、たいまつ代わりの枯れ枝だろう。
「油かよ! そんなものどっから持ってきた」
「セキヤがくれたお金で、そこの雑貨屋から買ってきた」
「とんでもねえガキだな、お前は。肝心かなめのオイラが焼け死んだら、どうしてくれるんだい! うまくいっても、火付けは牢屋行きだぞ? 髪切りどころの騒ぎじゃないんだ」
「ダメ?」
「ダメに決まってらあ!」
 叱りつけてからセキヤは考えこんだ。
(だけど待てよ。やりようはある)
 しきりに頭を回していると、袖を引かれた。
「だったら早く逃げよ」
「おう」
 腕組みをといて応じる。歌うたいの手から油バケツを取りあげて進んでいくと、じきに林の外へ出た。石道の左手に見えるのは、小さい割にはこぎれいな雑貨屋だ。どうやら慌てふためいて林の小道をぐるぐる回っただけで、墓地の出入り口から遠くない場所にいたらしい。セキヤは歌うたいに向かって、バケツをつき出した。
「お前がこれ買ったのって、あすこの店か?」
「うん」
「ちょっと手伝え。夜まで待つぞ」
 歌うたいはこっくりした。
 危険なことだと分かってはいる。それでも糸口は見つけなければならない。
 囚われていた墓守りを助けるのだ。