うわさに聞いたルーブルの広いこと。どう見ても横幅150m以上はありそうな3階建てのお城に、絵や彫刻がぎっしりと。ルーブル経験者の2人が、
「最初のうちは『おお〜!』と感動するけど、そのうち『美術品はもういいです』という気分になるよ〜」
と、脅してきます。半日ですべてを見ることは不可能ということでターゲットを絞りこんだ結果、“3階フロア全般”“モナリザ”“ミロのビーナス”などがピック・アップされました。なんか、ルーブル初心者のわたしのためにチョイスされたみたい。うふふふふ。
太っ腹のルーブルはフラッシュさえたかなければ、たいていの物が撮影OKです。模写も自由にしてくださいというわけで、2、3人の人がイーゼルを立てているのを見かけました。
桐葉さんおすすめの“囚われの奴隷”、体のひねりがへんに色っぽいなー。
あー。そういやむかしの知識人や芸術家は、男色を良しとしていたんでしたね。
「女しか愛せない野郎は、魂に欠陥がある」
と言い切った
この奴隷の像、サディスティックなエロスに駆りたてられて作ったんですかねえ。いま風に言えば「萌え〜!」ってなもんかも知れません。
「いつの世も人間は変わらん」
という、奇妙な感慨をおぼえました。
果てしなきフロアを激走(?)したのち、ミロのビーナスを眺め、モナリザを求めて迷路のような美術館をさまよいました。
「確かにこの階にあるはずなのに、なんでまっすぐ行けないの〜?」
思わず泣き出したくなるような、意地悪なつくりです。平面だけでも手に負えないのに、立体迷路になってます! 右を見ても左を見てもひたすら美術品。まっすぐ行けばあるはずの絵に、たどりつくこともできない。
どうして〜?
方向音痴のわたしには、歯が立ちません。まごまごしながら他の2人に頼りまくってしまいました……。
神秘のモナリザは、わたしたちの見てないところでこっそり移動しているに違いありません。見られないように逃げ回っているんです。
まわりの人は全員それを知っているのに、教えてくれないんだわ〜。
さまよいながら頭をまわし、天井から柱までを見つめ続けていると、じきに酔った気分になってきました。
ルーブルはもともとお城です。展示物ばかりではなく、建物そのものが芸術品。たとえ自分の物ではないとしても、こんな意匠を凝らした建築物の連なりを眺め暮らしていたら、嫌でもセンスが磨かれるでしょうね。
人民が解放されたとき、パリの人々が、近代的なくせに古い町並みと融合する風景を作り出したのは、当然だったかも知れません。
フランス人って、すごいなー。
――と思ってため息をついていたら、桐葉さんが、
「この時代の富の一極集中って、すごいよねえ」
と言いました。それがなけりゃあ
※ ※ ※
天下の怪盗アルセーヌ・ルパンが、
「本物を持っているのはわたしだ。ルーブルのは模写だよ」
と自慢にしていたモナリザは、ひとごみの奧にちょこんとかけられています。
驚いたのは大きさですよ。もっともっと大きな絵を想像していたのに、モナリザの絵は初心者が好んで描くくらいの、小さなものでした。(大きな絵は実力がないと描けないし、実力のある人は大きい絵を描きたがるんですよねー)
これとは反対に、
「ひゃ、大きい!」
と思ったのがサモトラのニケで、彼女は階段のまんなかにででーんとすえられています。あたしゃ美術の教科書に載っていた写真が小さかったので、実物も50Cmくらいのもんだと勝手に思いこんでおりましたよ。
写真ではお約束のように横向きになっている彼女ですが、正面姿も堂々たるものです。勝利の女神だけあって、見ているうちになにをやっても勝てそうな気分になってきました。馬とか株とか、ユーフォーキャッチャーとか(笑)。
うちにもあんなの欲しいなー。置く場所ないけど。
こうしてわたし――。予言どおり、食傷気味になりました。美術品はゲップです。息もたえだえ、2人がかりで半日かけて走りぬけたのに、展示品の1/3しか見てないなんて信じらんない〜! ←“3人がかり”にならないのは、わたしだけラクさせてもらったからです。(^ ^;
芸術酔い(?)で疲れたので、ルーブルの食堂でお昼にしました。お店の人のサービスで、タダで紅茶を飲んじゃったあ。注文のタイミングを逃しただけなのに、日本じゃありえないよ。ちょっと嬉しい。
※ ※ ※
気力体力とすべてのユーロを使い果たしたわたしたちには、空港で水を買う小銭も残されてはおりませんでした。ここは国際空港だ! 札なら円でもいい! というので他人さまのサイフにたよって水ゲット。のどが乾いていたせいか、あっというまに流しこんでしまいました。
あとは飛行機のなかで寝るだけさー。寝てると日本に到着するのさー。
座席シートにたどりつき、うとうとしかけたすぐ横で、姫さんと桐葉さんが話しています。
今度来るときはドイツもいいねえ。イタリアもいいねえ。ローマもきれいだよ。スイスの山ってどんなかな。
絵もいいねえバレエ見たかったねえ田舎いいねえチョウチョきれいだったねえ。それからねえ……。
懐かしき日本語アナウンスが響く機内で、ヨーロッパ旅行最後の夢を見ました。
シャルルドゴールから成田へ向かう海のうえを、わたしはシャガールのヤギに乗って飛んでいます。空の色は絵の具をぬりつけたようなディープ・ブルー。月や星はありません。波にゆられるように、ゆらゆらと進んでいます。
なんだかへんな風景だなあと思って見回すうちに、気がつきました。
「アー、これってメリーゴーランドだあ!」
空に浮かんだメリーゴーランドは、神さまや精霊など高次元の存在が作ったらしく、離れすぎてほかのお客さんが見えないくらいに大きいのです。
シャガールのヤギがならんで回るメリーゴーランドって、ビジュアル的にコワイかも。
このセンス、さすが人間風情には理解できないとホメたらいいのか、それともツッコミを入れるべきなのか、おおいに迷いました。
が……。
せっかく神さまが乗せてくれたのに(しかもタダ!)、文句を言うのは外道でしょう。ありがたく最後の観光をさせてもらいます。
ヤギの顔はへんてこりんだったけれど、毛皮は真っ白でつるつるでした。嬉しくなって抱きつくと、頭のなかにこんな言葉が浮かんだのです。
「メリーゴーランドの名前は、
そうだったんですかー! 神さま、ありがとうございます。
ときどきバイオリンを弾きそうなヤギさんの首は、“ひんやり”していて、いい気持ち。思わずきゅうっと抱きなおしました。
故郷へ帰る空のうえ。
「機内で配られたペットボトルの水を、
――なんて、あとあと笑われることになるとは、つゆ知らず。
わたしは幸せな悪夢にゆられ続けていたのでした。
*** おしまい ***