死にいたる病

La Esperancaの九条忍さんより3X歳の誕生祝いにいただきました


道行く声がわずらわしく、雑音にしか聞こえないという経験はありませんか?
まとわりつく空気が、茨の棘のように感じたことはありませんか?
自分はここにいるのに、誰もみてくれない……。
ここという場所で大声で叫んでいるのに、世界は受け入れることなく素通りしていく。
地面すら覚束ない、まるで陽炎のように感じたことはありませんか?
痛く重苦しい日常。
牙をむいて、時には襲いかかる大気。
それでも生きていかなければならないとするならば
あなたはどのように一歩を踏み出しますか?
そんな世界の真ん中で、たとえ一人きりになろうとも……。

*          *          *

「死にいたる病」

足元には錆び付いた
地図にも載っていないアスファルト
行き先なんてわからない
後から来る同じくらいの背格好の人々
この街はなんて無表情
いつになったら出口にたどりつけるのか
どうしていいのかわからずに
クラクションが頭の中で鳴り響く
ヤカマシイ
ウルサイ
ミミナリガスル
ざらついた空気が肌につきたつ
イタイ
イタイ
イタイ


まっすぐ続くこの道で
壊れかけた信号機が黄色い悲鳴をあげている
小石がたくさん落ちている
ぎっしりと敷き詰められて
小石――いいえ、これは画鋲(がびょう)
大きな大きなこれは画鋲
いくつも
いくつも
思い切り両足で踏んづけてください
たとえ血まみれになろうとも痛くないはずだから


肌を引き裂く硬い雨(アメ)が
まっさかさまに堕(お)ちてくる
雨――いいえ、これは画鋲
小さな小さなこれは画鋲
ぱらぱら
ばらばら
両手で耳を塞がずに空に口をあけてみてください
針の大地にしゃがみこもうとも痛くないはずだから


――そうなの……痛みはこれだったのね
  そうなの……雑音もこれだったのね


画鋲を口にほうりこみ喉をごくりと震わせる
針の雨を舌先で転がす
一口いれてまた一口


――どうせ、逃げるなんてできないもの
上からも下からも
どこまでも画鋲は追いかけてくるから


――ほら、やっぱり痛くない
腹から針が突きだした
腕から棘が飛びだした
「ほら、全然痛くない」
彼女は再び歩き出す
まるで何もなかったかのように


私は画鋲を孕んでいる
私もいつか画鋲を生む
彼女は今溶け込んだ
社会に
空気に
息をするより簡単に
世界に今とけこんだ


もうどこも痛くないから……
もう何も感じないから……

(壁紙:輝石工房 秋穂さん)

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