賞金稼ぎの男(2)

 見あげた顔の真上で白く剥き出した眼がギョロリと光り、毒毛虫のような眉がざわざわうごめいた。
「へなちょこ小僧をこんな話に引きずりこんだのはそっちじゃないか! オイラなんかになにができるって言うんだよ。なにをさせる気だ?」
「やっとそいつを口にしたな、小僧」
 笑った顔のなかで、盛り上がったぶ厚い筋肉すべてが汚れた金属のように鈍い照りをたたえている。なけなしの強がりをかき集めてセキヤは正面から睨み合った。
「聞いたが最後、嫌とは言わせないって脅したいんだろう、旦那がたは」
「よく分かってるじゃねえか」
「なにビビッてるんだよ。マジリにしかできないことをやらせようっていうんだろう? オイラが人間どもに話したら、人間どもに先を越される。ぐらいの話なら最初からもっと頼りになる連中に当たれよ」
「俺がビビッてるだと?」
「ビビッてるじゃないか!」
 ブーダだけではなくナリナの顔色までがすうと変化するの目の端でとらえながら、きもにむち打つ。
(いま視線をそらすわけにはいかない)
 殴られても睨み続けなければ勝ち目はない。
「なんで俺が人間ごときにビビるんだ、頭がおかしいのか? 他のマジリ野郎に先を越させたら、てめえを血祭りにあげてやるって言ってるんだ」
「へえぇ、他のマジリ野郎ってどこのどいつのことだよ」
 握りしめた拳と肩の力をゆるゆるとぬきながら――慎重に――呆れたような情感を全身ににじませた。眉間に小さくしわを寄せて見せたあと、興味が薄れたふうにまばたきを見せる。
 次の瞬間、左頬に火箸ひばしを当てられたような感覚が走り、気がつくと体が宙を飛んでいた。起き上がろうと半身を起こすとダメ押しの拳が左右に飛んでくる。痛みを感じるのが遅れたほどにあっけない決着だ。
「畜生!」
 咽にからまったたんを吐き捨てるようにうめいたのは、しかしブーダのほうだった。
「お前はこの町の一番頭じゃねえのか!?」
 口中の奥歯が当たる部分に微かに血の匂いを感じる。麻痺したように重い唇を開くと、舌の上に錆臭さびくさい味がじわりとにじんでいった。
「一人しかいないのに二番以下があるもんか。しっかりしろよ」
 このときの二人の顔こそ見物だった。文字どおりにぱっくり口を開けて、少しのあいだ声を出すことができなかったのだ。
「一人しかいないだと? 嘘をつくのもほどほどにしろよ。俺は確かに――」
「そりゃまあ正確には十人ちょっとだけどさ」
「冗談も休み休みお言いよ。たくさんいるからこそ、マジリも相手にしてくれる店だのマジリを泊めてくれる宿だの、色分けがあるんじゃないのかい?」
 セキヤは頭をかいて見せた。
「むかしはたくさんいたらしいけど、運河が張り巡らされてよそ者がわんさか来るようになってから、この町は変わっちまったんだ。気の荒い奴らに追い出されちゃってね。店の色分けは単なる名残りだな。ひいひい爺さんの時代にマジリを相手にしてたからなんとなく相手にするクセがついてるとか、そんなもんだ。とにかくいま捕り物の仲間に引き入れることが可能なのはオイラ一人さ。他の連中は大のつきあい嫌いで、姿を見せてもくれないから。人間に関わるのが怖いんだな」
「まさかそんな」
 償金稼ぎの夫婦はまばたきを忘れたまま互いに見合い、
「あの話は本当なのか?」
「あの噂は本当だっていうの?」
 と唱和して息の合ったところを見せた。カーザのマジリが極端に少ないことを、どうやら事前に聞きこんでいたらしい。聞くには聞いたが信じられなかったのだろう。
「ここはアノイじゃないんだぜ? いくら腕に覚えがあっても、オイラたちをちょいとナメてる人間どもをうまく巻き込まないと、なんにもできやしないよ」
「そういうお前はアノイを知ってるのか?」
「旅の途中で通り過ぎたことはあるさ。あそこはいいところだねえ。マジリは宝、だもんな。二人ともよその国へ来るのはこれが初めてかい?」
 語尾をぞんざいな口調にすり替えてみて、セキヤは初めて形成の逆転に気がついた。荒くれ男が素直げにうなずいたのだ。
「畜生、それが本当ならどこで仲間を調達すりゃあいいんだよ」
「仲間じゃなくて使いっ走りだろう? 人間を使いなよ。姐さんの色気でたぶらかして、図体だけが取り柄なバカのふりすりゃ簡単に釣れる。向こうのほうが圧倒多数なんだから、腕っ節やへなちょこなマジリの魔法で解決できると思っちゃいけないぜ。つまんねえいたずらで一年二年も牢屋に入れられるって、さっきも話しただろ」
 右下のあごに骨が割れるような鈍痛が走ったのは、このときだった。どの程度ひどくやられたのか見当がつかない。かといって顔に手を触れるのは、小ネズミがひいひい痛がっているようでしゃくに障る。
 気がつくと、ため息ともつかない舌打ちを床へ向かって小さく漏らしていた。不思議なものだ。さっきまで大きく見開かれて得物を睨めつけていた眼球が、しまったと言いたげに宙を泳いだ。まばたきが終わるか終わらないかの一瞬だったが、その様子はしわくちゃになったおふくろの舌打ちを聞いた五十男――を連想させた。
「オイラは帰る。ここのやり方が分からない奴となんか、組みたくないからね。とばっちりでこっちまで牢屋送りになっちまう」
 かんを突いて廊下へ通じるドアをすりぬける。
「待て」
 声とともに腕が伸びてきて肘をつかまれたが、その力は制止できないほどには強くはない。懐柔策に変えたのだろうか。
「小僧、ここを出たいなら情報料を払っていけ」
 セキヤは首をかしげて立ち止まり、なるほどね、と独りごちた。
「成り行きはともかく確かにもらっちまったんだから、払うのは道理だな。けれどその太腕でぶっとばされたオイラの要求も聞いてもらわないと、割に合わないと思わないか?」
「言ってみろ」
 笑いかけながら小さくあとじさる。幾分、ブーダのほうへすり寄った格好だ。
「こういうときの、ここのやり方に従ってもらいたいんだ」
「おう」
 腕をつかんでいる力が緩んだ隙をぬって、今度こそつるりとすりぬけた。
「口止め料と相殺さ。あんたに聞いたことは誰にも言わないよ」
「こら待て!」
 小机に乗った彫り物を取り上げ、ドアを通り抜けようとしたブーダの足元に素早く投げつける。ブーダはよろけ、たてつづけにナリナがその背に衝突し、二人はもつれ合って壁に叩きつけられた。
 すっかり暮れた運河のおもてには明かりをともした小舟がならび、男たちがしきりに水面をさらっては合図のかけ声をぼうぼうとかけあっている。誰かが誤って落ちたので捜索しているのだろう。しょっちゅうではないが、珍しくもないカーザの風物詩だ。
 セキヤは駆けぬけながら振り返らずに叫んだ。
「ついでにこっちの情報も教えてやるよ! 町の連中はたったいま運河底をさらい始めたらしいな、窓の外を見てみろよ!」
 背中に追い打ちとばかりに、もういちど、
「畜生!」
 と怒声が響き、セキヤは声をたてて笑った。

 泥臭い水がかき回される中をひたすら走る。どう考えてもこれで縁が切れるとは思えない。明日にも彼らはこちらの居所を突き止めてくるだろう。ことを急いてブーダの能力を聞出さなかったのは、いまさらながらに悔やまれる。その力を使って四番牢になにかの仕掛けをしてくるかも知れないからだ。
(それにしても歌うたいの奴、どこへ行っちまったんだ)